
冷戦体制下でのグローバル化は、米国、欧州、日本という先進資本主義国間で起きたものでしたが、1989年末に起きた冷戦体制の終焉とその後のIT革命の発展はモノとカネの移動が世界的な規模で起こるグローバル化に変わりました。最初に、1989年11月にベルリンの壁が崩壊したことは、市場が先進国だけでなく、ロシアや東欧の社会主義国および中国やインドなどの発展途上国にまで拡大する効果をもたらしました。次に、ベルリンの壁崩壊から半年後の1990年5月にはウィンドウズ3・0が発売され、無数の一般市民や会社が文字、数字データ、写真などをデジタル化したコンテンツにより容易に世界の誰にも送ることを可能にさせました。現在、米国、EU、日本と並んで、今後の経済大国とされるBRICs諸国(ブラジル、ロシア、インド、中国)の急速な発展に導いたのも、この2つの出来事が大きな契機になりました。

特に、今年、GDPで日本を抜いて世界第2位になると見られる人口約13億人の中国の場合、1978年に鄧小平の指導の下に、それまでの絶対的平等の社会主義から現実的な不均衡発展を容認した社会主義に転換、外資導入による開放型経済発展を図るべく4都市に経済特区を、続いて1984年から1986年にかけて全国の14の沿海都市に経済技術開発区を設置、経済発展に取り組むようになりました。一方、欧米や日本の多国籍企業の立場からは、先進国市場の経済低迷により、価格の安い製品やサービスの供与が求められており、生産体制やサービス提供の価格面の改善のためには中国やインドのような労賃の安い地域への移転が不可避になっていました。1980年代の中国やインドの労賃は先進国の3分の1以下の水準であり、さらにITを通じた技術取得に必要な数学や工学を学んだ若者が多いことなどの理由から、先進国の多国籍企業にとって極めて魅力的な地域でした。こうして、双方の狙いが一致していたこともあり、旧来の社会主義国や発展途上国を巻き込んだ世界のグローバル化が急速に進みました。
しかしながら、先進資本主義国の多国籍企業の利益に貢献したと同時に、受け入れ側の社会主義や発展途上国の経済発展を促進したグローバル化は、今日では先進国における新たな問題、すなわち構造デフレと高失業を作り出す原因になろうとしています。先進国の多国籍企業の立場からは先進国と発展途上国との賃金格差は大きく、生産体制やサービス提供の海外移転が望ましいことになりますが、それは、一方で先進国内での生産活動や雇用を減少させ、失業を増加させる結果に結びつくことになりました。
米国を例に取ると、リーマンショックが起きた2008年9月以降の米国の高失業率約10%には、不振が続く金融機関での従業員のレイオフだけでなく、製造業やサービス業における米国多国籍企業の国内従業員の大きな減少が原因となっています。また、失業率の増加や実質賃金の低下は、米国の消費者に、より価格の安い製品への志向を強めさせ、米国における日常生活品の分野で中国等からの製品が増加することになりました。現在、現在米国の対中国貿易赤字は年間2,000億ドルを越える規模となっており、それは米国全体の貿易赤字の3分の1程度にまで達しています。
一方、日本の場合は米国とは事情が異なっていました。1980年代前半まで自動車や電気製品を中心に日本の対米貿易は大幅な黒字であり、米国政府から日本政府に対し、日本の市場開放への強い要求がありました。しかしながら、日本側は国内産業の保護を理由に必ずしも米国の要求に応えませんでした。このため、日本を筆頭に米国の対外貿易の大幅赤字が続いたため、1985年9月のプラザ会議で、国際通貨ドルを発行する米国の貿易収支改善のために、変動相場制が採用されました。この結果、日本の円は急激に上昇、この影響を避けるために、日本のメーカーの多くは完成品を中心に生産体制の一部を米国に移転させました。しかし、労賃の高い米国での生産を続ける限り、日本メーカーの競争力の維持は難しく、日本のメーカーは主要部品の一部を労賃の安い中国などに移転させることになりました。こうして、日本メーカーにとって、海外での市場確保のために、中国を生産拠点の一つに位置づけるような構造ができあがりました。
日米欧の多国籍企業による中国での生産の増加は、中国で作られる製品の品質の向上にもつながり、やがて日常的な中国製品が世界の市場に出回っていくビジネス環境が形成されました。しかし、それは同時に、価格の安さと品質が向上した中国製品の普及を通じて、先進国の国内市場での生産拠点を一層少なくさせることとなり、先進国経済にデフレの進展と高失業率の長期化という新たな問題を作り出すことになったのです。
現在、日米欧の先進国政府はそれぞれに多額の財政赤字を抱える事情から、大胆な金融緩和策の導入により、高失業率を抱える経済の低迷を打開しようとしています。しかし、市場のデフレ化が進む状況の中では、企業経営者にとって新たな借り入れによる設備投資を行っても、売り上げ増加や収益改善に向かうとの保証はなく、将来の展望が立てにくい状態にあります。
米国政府は現在、金融緩和策と同時に、中国の対米大幅貿易黒字への対応策として、米国内での雇用維持の観点から、中国政府に対して人民元の大幅な切り上げの強い要求を出しています。最近はこれに加えて、経常収支(中心は貿易収支)の黒字や赤字の大きすぎる国の調整の必要性も提案しています。この提案の重要性は今後とも米国の大幅な貿易赤字が続けば、ドルをベースとする国際通貨体制が崩れかねない懸念が生じていることによります。日本の場合も、中国製品の普及による国内経済でのデフレ構造の進展と同時に、米国との間の大幅貿易黒字が今後も続けば際限のない円高に陥ることになり、日本自身も経常収支の調整案を検討する時期がきているように思われます。
JIPANGU