
11月の米国株式市場も欧州市場の混乱を反映して極めて不安定な展開となりました。それと同時に、前半は大きく下落すれば、翌日あるいは翌々日に大きな反騰の動きがあったのですが、感謝祭の週では欧州市場の深刻化を反映して、6、7日間下落が続くという状況に発展しました。その後、11月30日の米国連銀を中心とする6つの中央銀行によるドル資金の安定供給措置は一時的に株式市場に大きな効果をあげましたが、欧州危機の沈静化には至っていません。この点、欧州危機への根本的な対応が早急に求められる事態に変わりはありません。なお、11月中のダウ価格を中心とする株式市場の主な動きは以下のようなものでした。
11月1日:ギリシャのパパンドレア首相が欧州首脳会議の合意に基づく財政緊縮策を国民投票にかけることを内閣で承認させたことで、市場の懸念が高まり、ダウ価格は約297ドル安(2.48%減少)。
11月2日:前日の大幅反落の反動で、約178ドル高(1.53%増加)。
11月3日:ギリシャ首相が野党との話し合いで、国民投票回避で合意したことから、約208ドル高(1.76%増加)。
11月8日:ギリシャ首相の辞任発表に伴ない、約102ドル高(0.84%増加)。
11月9日:イタリア国債の市場金利が危機ラインとされる7%を越えたことから、約389ドル安(3.26%減少)。
11月10日:前日の大幅下落反動と一部米国企業の業績改善で、約113ドル高(0.96%増加)。
11月11日:イタリア議会で財政安定法案を承認したことから、約260ドル高(2.19%増加)。
11月16日:欧州危機の米国金融機関への影響懸念と欧州におけるドイツ国債と他の国々の国債の差拡大から、約191ドル安(1.58%減少)。
11月17日:イタリアとスペインの国債金利が7%に近づいたことから、約135ドル安(1.13%減少)。
11月21日:フランス国債の格下げ懸念や財政赤字削減をめぐる米国の超党派委員会の話し合い決裂などから、約249ドル安(2.11%減少)。
11月23日:ドイツ国債入札で売れ残りが出たことや中国製造業の鈍化などから、約236ドル安(2.05%減少)。
11月25日:下落幅は小さかったものの、感謝祭週の業績としては1932年以来最悪。ナスダックもS&P500も連続7日間の下落で、下落幅は6%以上。
11月28日:感謝祭直後のブラックフライデイでの売り上げ増加と欧州連合メンバー国の財政規律政策への承認制度導入について独仏の合意が進むなどの動きが出て、約291ドル高(2.59%増加)。
11月30日:米国連銀、欧州中央銀行、日銀など6つの中央銀行が市場へのドル資金供給を容易にするための措置を取ったことにより、約490ドル高(4.24%増加)。
2.負の連鎖が拡大する欧州危機
欧州危機については、ギリシャやイタリアで政権交代があり、首班に実務経験者がなったことで期待感が高まりましたが、ギリシャでもイタリアも財政緊縮政策に対する一部野党や国民の反発は依然として強く、それが完全に履行できるかは不透明です。スペインについても、2003年以来政権にあった社会党に変わって国民党が多数を占めましたが、財政緊縮政策への国民の不満は大きく、実効性に問題を抱えています。これに加えて、欧州連合の2大強国の一つであるフランスの国債金利がドイツ国債に比べ、一段と高くなるなどの動きが見られ、フランスに対する市場の懸念も生じています。
こうした状況の中で、市場価格の下落が続く国の国債購入に対する欧州中央銀行のあり方をめぐるドイツ政府とフランスを含む他の国々の政府の考えの対立が目立ってきています。ドイツのメルケル首相は国債価値の下落はその国の財政政策に問題があるからで、そうした国は自国の財政支出削減にもっと強く取り組むべきであるとの従来の立場を変えていません。またメルケル首相は欧州中央銀行によるメンバー国の大幅な国債購入に否定的で、欧州連合条約にはそうした機能は規定されていないとしています。これに対して、民間金融機関がイタリアやギリシャなどの国債を大量に保有するフランスなどは自国の財政赤字問題もあり、欧州中央銀行の機能を拡大させ、メンバー国の国債購入に大きな道を開くべきとしています。
欧州連合創設の経緯からする限り、メルケル首相の主張が正しく、財政悪化に陥った国は自国の努力で改善に努めることが望まれます。しかし、共通通貨ユーロの価値維持が第一の目的とされている現在の欧州連合では、為替価値の下落による市場調整メカニズムに委ねることができず、国の資産売却あるいは公務員の削減や給与や年金の大幅削減と言った政府の人為的財政支出削減策に依存せざるを得ません。しかし、こうした資産売却や財政支出削減策は国の経済活動を縮小させ、その結果更なる税収の減少、そして新たな支出削減が必要になるなど悪循環に陥ることになります。そして、このことがギリシャ、イタリア、スペインのように、全体の経済における財政支出依存が高い国々では国民の現政権への不満が高まり、政権交代を求めるなど政治の不安定化が増すことになります。また、欧州連合内部でメンバー国の民間金融機関が他国の国債を保有する度合いが高い状況では、一国の財務問題が民間金融機関の他国の国債保有を通じて、金融機関が属するメンバー国の財務問題に波及するなど負の連鎖が拡大することになります。
11月21日付けのビジネスウィーク誌は、現在の欧州通貨統合を1930年代の厳格な金本位制に例え、金本位制がもたらした1929年の大不況あるいはドイツやイタリアにおけるファシスト政権誕生等と言った悲劇的な出来事を再び起こさないための提言を行なっています。それによれば、共通通貨の維持が困難な国は欧州連合からの離脱が望ましいものの、それが直ぐに出来ないのであれば、金本位制でもあったように連合内の黒字国は赤字国と同じように負担をすることが必要であるとしています。具体的には欧州金融安定基金に銀行の信用創造機能を拡大し、赤字国に対して一定の条件を付けながら、金額に制限のない融資を行なうべきとしています(現在、欧州連合で議論されているのは欧州中央銀行による重債務国の無制限の国債購あるいは欧州共通債です)。こうした提案は現在財政赤字問題を抱えている南欧諸国の政府などの主張に見られるもので、財政緊縮政策だけでは根本的な経済状況の改善にならず、国民の強い反発から一層の政治不安定化が高まるとの懸念に基づいています。
欧州連合の設立の経緯や通貨統合の目的からすれば、ドイツの主張が正しいと見られるものの、現在のように統一通貨維持のためにメンバー国の間の負の連鎖が生じている状態を放置すれば、欧州連合は完全に行き詰まってしまう恐れがあります。現在、欧州中央銀行の国債購入や欧州共通債の発行に強く反対しているドイツにしても、欧州連合の共通通貨維持が自国経済に多胎のメリットをもたらしてきたことを考えれば、そうした提案を容認せざるを得ないように思われます。但し、欧州中央銀行による無制限の国債購入や欧州共通債の発行はドイツが懸念するインフレ誘発や重債務国の安易な財政政策を導くリスクもあり、メンバー国の財政規律の共通化といった厳しい条件設定が必要になっています。
これに関連して、現在メルケル首相とサルコジ大統領の間で、12月9日の欧州連合首脳会議に合わせてトリプルAの格付けを維持する6カ国(ドイツ、フランス、オランダ、オーストリア、フィンランド、ルクセンブルグ)による財政統合と共通債発行を可能にさせる欧州連合の条約改正を進める話し合いが進んでいるとも伝えられています。しかし、この構想は他の欧州連合メンバー国の反発やフランスの格下げのリスクもあり、それほど容易ではないように見られます。いずれにしましても、欧州中央銀行の国債購入や欧州共通債の発行は重債務国の財政問題を一時的に軽減させるのは事実ですが、重債務国の中には経済実態に合わない共通通貨システムを採用している自体が再建の大きな障害になっている面も否定できません。この点、現在の制度にはないものの、深刻な重債務国は欧州連合を離脱させ、直接IMFの管理下で、為替調整を含めた総合的な再建策を実行させる取り決めを組み込むなど根本的な見直しが必要であるように思われます。
3.政治的な対立が招く米国経済の停滞
次に、米国については、国内の政治的対立が株式市場に悪影響を与えています。特に財政再建をめぐる民主党と共和党のイデオロギー的な対立は本来あるべき米国経済の回復過程に大きな障害になっているように見られます。11月23日までに新たな財政削減措置を目指していた議会超党派委員会の協議は民主党と共和党の代表が其々自分達の従来の立場を変えず、合意に至りませんでした。この背景には財政赤字の改善には富裕層の高率課税復活が必要とする民主党と医療保険や年金などの社会保障費の削減が不可欠であると共和党の根本的な対立があり、加えて来年11月の大統領選挙を控え、双方とも安易な譲歩は支持者の離反を招く恐れがあるとの立場を貫いたことにあります。この結果、トリガー条項により、2013年1月から10年間に渡って1.2兆ドルの歳出削減が強制的に行なわれることになりますが、来年11月の大統領選挙の行方によっては、新たな歳出削減策が出される可能性がないでもありません。むしろ、近い将来にとって、より重要なのは今年12月末に期限が切れる従業員給与の一時的減税措置や失業保険の延長措置で、これらが通らないと米国経済への悪影響が懸念されます。
共和党の大統領選挙候補による争いは、女性問題を抱えるケイン候補の支持率が低下する一方、保守的な姿勢を貫く元下院議長のキングリッチ候補の支持率が上昇、一部のメディアは支持率が伸び悩むトップのロムニー候補に並んだと伝えています。11月22日の夜に開かれたCNN主催の共和党大統領候補による外交問題の討論会でも、ギングリッチ候補はこれまでの保守的な対応策を変え、メキシコからの不法移民で家族と共に25年以上米国に滞在している人達には教会活動などのコミュニティーに同化している限り、恩典を与え米国での滞在を認めるべきと発言し、他の候補者との差を位置づけていました。しかしながら、ギングリッチ候補は政府系住宅金融機関であるFreddie Macより多額の報酬をもらって(一部の報道では約180万ドル)、その機関の存続のために、共和党議員を中心連邦議会の議員達にロビー活動を行なったとの批判を受けています。この批判に対して、ギングリッチ候補は得意の詭弁によって、自分は歴史家としてその機関のあるべき姿を助言したにすぎないとの自己正当化の抗弁を繰り返しています。
また、11月22日の討論会は共催者が共和党のシンクタンクといわれるThe Heritage FoundationやAmerican Enterprise Instituteであったことから、前のブッシュ政権の要人達(例えば、ネオコンの代表者の一人とされるウォルフォウィッツ元国防次官補)が質問を行なっていました。その中で、ある質問者はイスラエルがイラクへの攻撃を始めた時に米国はイスラエルを支持するかを聞いていましたが、これに明確に反対したのはポール議員だけで、多くの候補者は支持を表明していました。ポール議員の立場は国内の経済事情が大変な時期に米国の負担が大きすぎる外国への関与はこれ以上すべきでなく、防衛予算についてもブッシュ政権時にアフガンやイラク戦争で拡大し過ぎた防衛費の大幅な削減は当然であるとして、共和党の他の候補とは一線を画していました。いずれにしましても、共和党の大統領候補の選定は来年1月3日のアイオワ州の党員集会や8日のニューハンプシャーの予備選挙まで本命がないまま、ロムニー候補対反ロムニー候補者達の対立を軸に続いていくものと見られます。
(2011年12月2日: 村方 清)