Monday, August 1, 2011

ギリシャ等の欧州危機と異なる米国の債務問題













7月に入り、6月の製造業景況感指数が全米で拡大しているとのデータが発表されたこともあり、7月1日のダウ平均価格は168ドルの上昇(1.36%)を記録しました。また、この週はダウ平均価格が5.4%の増加となり、過去2年間で最善の週となりました。しかしながら、7月11日には米国連邦政府の借入限度引き上げに関する大統領と議会関係者の話し合いが難航していることに加え、欧州でイタリアの銀行不安と財政赤字問題が伝えられ、ダウ平均価格は151ドルの下落(1.20%)を経験しました。その後、7月19日に米国政府の借入限度引き上げに関し、上院の6名の議員(Gang of Six)による妥協案にオバマ大統領が前向きの反応を示し、明るい見通しが出てきたとの市場の観測から、ダウ平均価格は今年最大の202ドル(1.63%)の上昇となりました。しかしながら、7月25日の週に入ると、借入限度の引き上げをめぐって、昨年11月の中間選挙で躍進したティーパーティーグループの影響を受けた共和党が、借入限度の引き上げにはそれを上回る歳出削減が必要であることを強硬に主張、これに全面的に反対する民主党との間での合意の見通しが立たず、ダウ平均価格は5日連続で下落、合計で538ドル(4.2%の減少)という今年最悪の週となりました。本来、7月は米国の多くの企業が四半期の業績を発表することもあり、株式市場は比較的安定していますが、今年に関してはアナリストの業績予想を大きく上回ったGoogleやAppleの業績発表時期を除き、欧州問題や米国政府の借入限度引き上げ問題のために、株式市場は極めて不安定な状態が続きました。

欧州経済については、7月3日の欧州財務相会議でギリシャに対する第1回金融支援の第5回融資実行条件が承認された後、7月21日に欧州首脳会議で、民間金融機関からの支援500億ユーロを含む総額約1590億ユーロに達するギリシャへの第2回金融支援が合意に達しました。これに加えて、ギリシャ以外の国への支援増加に備えて、欧州金融安定基金(EFSF)の強化策として、融資枠の拡大や民間金融機関が保有する国債の買取りも可能とさせました。この結果、7月22日以降はユーロへの信頼が取り戻されています。しかしながら、こうした合意について、格付け機関の一つであるFitch社は民間金融機関が保有するギリシャ国債の繰り延べや新たな国債とのスワップが実行されるのであれば、ギリシャをトリプルC(Junk bondの中で、下位の位置づけ)から限定的な債務不履行(“Restricted Default”)に下げざるを得ないと表明しました。いずれにしても、今回の第2回金融支援では民間の金融機関にも参加することを求めている点で第一回とは異なっていますが、こうした金融支援によってギリシャが立ち直るかどうかは依然として不透明です。一層厳しい財政緊縮政策はギリシャの経済成長を更に鈍化させ、そのことが税収の減少や失業者の増加になってくる可能性は否定できません。その意味で、昨年5月の合意と同じように、ギリシャが自国経済の実態と合わないユーロの価値維持に制約され、緊縮政策だけが求められている以上、時間の経過と共に再び問題が顕在化するリスクがあると言えます。

一方、米国の財政赤字問題に関連して、米国債がMoody’sやStandard & Poor’s等の格付け機関からトリプルAの評価見直しの警告を受けたこともあり、ギリシャ等の問題と同じように捉える見方が出てきています。しかし、欧州危機と米国の財政赤字問題では基本的に大きな違いがあります。第一にギリシャ、ポルトガル、あるいはスペインにも一部は該当するかも知れませんが、経済の競争力が弱いために輸出できる製品が少なく、外貨の獲得能力には限界があります。この背景にはこれらの国はいずれも社会主義政党が政権を長く担当していたこともあり、従業員の労働生産性が低くなっていることがあげられます。第二に対外債務が増加し、国際競争力をつけることが必要な場合には、通常は自国通貨の価値を引き下げることが求められますが、共有通貨ユーロの価値維持が欧州連合加盟国の義務であるため、これらの国ではその選択がありません。第三に、特にギリシャの場合、過去180年間を通じて国の借り入れ比率が高いことが多く、債務不履行についても幾つかの経験があることです。これに対し、米国は最先端のIT、医療、航空機産業の分野で世界をリードする企業が多くあり、しかも、ドルの価値を管理できる立場にあります。また、米国は債務不履行をしたことは一度もありません。ギリシャの問題は経済力の弱さが主因ですが、米国の問題は経済力というより、政治理念の差による政党間の対立が事態を悪化させています。
 
今回、米国の財政赤字問題が連邦政府の借入限度引き上げ問題に強引に結び付けられた背景には、昨年11月の中間選挙で議員数を急増させたティーパーティーグループ(下院共和党の約25%)の影響がありました。このグループの目的は小さな政府を掲げて、市場経済原則による経済活動の重視と増税を一切認めないことに大きな特徴がありますが、その手段として使われたのが、8月2日に上限がくる連邦政府の借入限度引き上げ問題でした。米国の財政赤字をこれ以上増加させないためには、借入限度の引き上げ額を上回る歳出削減額が必要であるとして、民主党だけでなく、共和党穏健派との妥協も全て拒む姿勢を貫きました(本来、借入限度の引き上げは歳出削減だけでなく、経済の拡大や税制変更による歳入増加の可能性を含めるべきですが、ティーパーティグループは一切の増税に反対する立場から、歳出削減だけを対象にさせました)。そして、7月31日には大統領も民主党幹部も米国政府による債務不履行を何としても回避したいとの配慮が働き、最終的にティーパーティーグループの主張を入れた共和党案を受け入れました。この結果、今後10年間に総額で2兆4000億ドル以上の歳出削減を実行することを条件に、2兆4000億ドルまでの借り入れ枠の引き上げが合意され、議会の承認待ちとなりました(最初に9170億ドルの削減を条件に、4000億ドルと5000億ドルの2回の引き上げ、残りは11月末までに特別委員会の勧告による1兆5000億ドル以上の削減を条件に、1兆5000億ドルの引き上げを12月末までに認める。もし合意ができなければ、1兆2000億ドル以上の削減を条件に、1兆2000億ドルまでの引き上げを認める)。しかし、米国政府の債務不履行は避けられるものの、今回の合意は歳出削減を前提とする財政緊縮政策であるため、現在米国が直面する1929年の大恐慌以来最悪の不況からの克服にはマイナスで、成長や雇用面で悪影響を与えかねないとの懸念が市場関係者やエコノミストから出されています。

もし、米国の財政赤字問題を本格的に取り組むのであれば、2つの問題を区別して検討することが必要になっています。一つはクリントン民主党政権の終わりに年間黒字を達成した米国の財政収支が8年間のブッシュ共和党政権の終わりには年間1兆ドル以上という大きな赤字になってしまった原因は何かということです。二つはベービーブーム世代がシニアになってくるに連れ、政府負担が増大するソーシャルセキュリテイーやメディケア等の社会保障プログラムを今後どのような方向に持っていくかということです。最初の点はブッシュ前大統領が再選戦略のために第一期政権中に取られた幾つかの政策によるところが少なくありません。その1は2001年と2003年に導入された大幅減税(いわゆる“ブッシュ減税”)で、個人所得税率の低減が実行されたことでした。特に、累進の最高税率が39.5%から35%に引き下げられた効果は富裕層には大きなものでした。また、投資所得に対してもキャピタルゲインに対する課税が20%から15%に引き下げられました。景気刺激という目的のためにとられたこうした減税の歳入面に与えた影響は大きく、ブッシュ第二期政権を通じて総額で数兆ドルの減収になったと見られています。このため、ブッシュ大統領自身もこの減税を恒常的なものにするとの考えはなく、2010年末で終了するとのSunset条項を付けていました(しかし、2010年11月の中間選挙でティーパーティーグループの躍進で下院の多数派となった共和党はブッシュ減税の延長を強く主張、オバマ大統領は政治的な妥協の必要性から、2012年末までの延長に応じました)。その2は2003年2月以降に実行されたアフガンとイラクへの介入戦争で、ブッシュ第二期政権では軍事費の年間増額は4000億ドルから5000億ドルに達しました。その3は財源の裏づけがなかったメディケアにおける処方箋薬代への補助で、現在このための政府負担が年間で数百億ドル近くになっていると言われています。

加えて、ブッシュ大統領が掲げた持ち家促進政策のために取られた金融優遇策があり、これが行過ぎた規制緩和の下で大手金融機関による新たな投機金融商品の濫用に結び付けられ、巨額なサブプライムローンの焦げ付き問題を起こさせることになりました。全体の規模で5兆ドルとか6兆ドルとされる不良債権問題に対して、ブッシュ大統領は2008年10月に多くの共和党議員の反対がある中で、民主党議員の協力を得て、約7000億ドルの金融安定化法を成立させ、オバマ大統領も2009年2月にその内容を修正・拡大させた安定化法を成立させました。こうした連邦政府による金融支援策や連銀による質と量の両面における金融緩和策がなければ、米国経済は未だに深刻な状態が続いていたものと見られます。そして、現在は再び米国経済の回復が鈍化する兆候を見せ始めています。

こうした点からすれば、米国の財政赤字問題への対応には、最初にブッシュ前政権で取られた諸政策が現在の赤字増加に及ぼしている要因を全面的に見直す必要があります。同じようなやり方は、歴史的にも1981年から1988年まで二期続いたレーガン共和党政権で実行されました。レーガンの第一期政権では現在のティーパーティグループの主張のように小さな政府が目標とされ、景気刺激のためにラッファー理論に基づく大規模の減税や多くの税優遇措置が導入され、しかもソ連に対抗すべく大幅な軍事費拡大が行なわれました。しかし、その結果は景気回復の前に財政収支が大幅に悪化、第2期目の1986年の税制改正で減税や税の優遇措置が悉く廃止され、その後ソ連との軍縮協定も成立させました。加えて、昨年12月に財政赤字削減のために”The Moment of Truth“(決断の時)”という報告書をまとめた超党派の国家委員会の共同議長であったシンプソン元共和党議員も、歳出削減の重要性と同時に、GDPの15%という戦後最低の水準まで落ちこんだ現在の歳入額について、その増加が不可欠であることを強く主張しています。もし、ティーパーティグループを含めて共和党が早期の財政の均衡化を強く望むのであれば、現在のような厳しい経済停滞期(第2四半期のGDP成長率は1.3%に低下)には景気や雇用に悪影響を及ぼしかねない連邦政府の歳出削減だけでなく、重点的な新規投資に必要な歳入増加にも焦点を与えることが重要になっています(オバマ政権や民主党が求めているのは、年間所得25万ドル以上の富裕層に対する減税措置の廃止と国内での税支払い回避を図る大手企業に対する課税強化などです)。

一方、今後10年間における財政赤字問題への対応という観点では、人口構成の多いベービーブーマー世代がシニアになってくる時に社会保障関係の支出がどの程度になるかを正確に見積もり、それに対応して社会保障関係費のあり方を検討する必要性があると思います。このままでは社会保障費関係の義務的支出がGDPの20%以上になることが予想されますが、その対応には北欧諸国のように高福祉・高負担のような仕組みもあれば、現行制度の基本を維持しながら、ベネフィットを減額あるいは対象年齢の引き上げといった調整も考えられます。あるいは共和党のライアン議員が提案したようなメディケアの民営化といった極端な意見も理論的にはあるのかも知れません。しかし、最も重要なことは1929年の大恐慌の経験を経て、ルーズベルト大統領によって導入された社会保障プログラムは自由市場経済の不安定さを補うために、社会的に必要なセーフティネットを提供するという大きな役割を担っていることです。そうした観点からすれば、社会保障プログラムの今後の方向性は、ティーパーティグループや共和党保守派が主張するように財源難を理由に廃止といった極論ではなく、安定性と効率性を備えた社会的セーフティネットをいかに確保するかであり、その議論に多くの米国民が参加して決めていくことが求められています。

いずれにしましても、現在オバマ政権が1929年の大恐慌以来初めて経験している米国最悪の不況からの克服を試みている時に、共和党が主張する財政健全化のために歳出削減を極端に優先させた緊縮政策だけを導入すれば、それは景気や雇用への悪化となり、結果として財政健全化が一層遠のいてしまう可能性があります。さらに、共和党の中でティーパーティーグループによる小さな政府の主張は観念的には存在意義はあっても、これだけグローバル化している今日の世界では、米国を時代錯誤的な内政重視の孤立主義に向かわせるリスクを含んでいるように見られます。その意味で、来年11月の大統領と議会の選挙で、米国民がティーパーティーグループに対してどのような評価を下すかが鍵になるように思います。
             (2011年8月1日: 村方 清)

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