
オバマ大統領は1月25日に、上下両院の合同会議で一般教書演説を行ないました。今年の一般教書演説は2年後の大統領選挙での再選を目指すオバマ大統領にとって、昨年11月の中間選挙で示された共和党優位の流れを変える契機にしたいという大きな意味を持っていました。演説の中で、彼が強調したのは米国が置かれている危機対応への党派を超えた国民的な合意と行動及びグローバルな競争におけるルールの変化の認識でした。そして、“未来を勝ち取る”ための方法として、競争に勝ち抜くためのクリーンエネルギーなどの技術革新、科学や数学教育の充実、未来インフラのための次世代無線通信や高速鉄道の整備、法人税改革の実行と税率の引き下げ、自由貿易と規制緩和の促進などを訴えました。また、財政再建についても、政策支出の増加を5年間凍結し、10年間で4,000億ドルの財政支出削減を目指すことなどを提案しました。
大統領の演説に対するティーパーティグループを含む共和党の評価は、オバマ政権のこれまでの大規模景気刺激策が雇用の改善面で効果を上げず、政府債務を更に増大させたとの位置づけから、これ以上の政府の財政支出や権限の拡大によって経済問題の解決を図るべきではないというものでした。しかし、国民全体としては未来志向のオバマ大統領の演説に対して、9割以上が好意的反応を示したことを3大ネットワークのCBSが報じました。
こうした国民の前向きの反応は、米国経済が最悪期を脱し、2010年第4四半期のGDPが3.2%(個人消費部門は4.4%の増加)となるなど更なる改善を示していること、株式市場がダウジョーンズで2008年6月以来の高水準である12,000ドルに近づいていることなど、回復の足取りが確実に現れていることにあると思います(1月末に起きたエジプトの政治的混乱が米国株式市場に与える悪影響は、今後の展開を注意深く見守る必要があります)。
その一方、こうした回復が目立つ経済指標にも拘らず、高失業率が続く雇用問題の改善は容易ではありません。12月における米国の雇用状況は103,000人の新規雇用で、失業率は9.8%から9.4%へ減少しましたが(逆に、カリフォルニア州では12.4%から12.5%に増加)、今回の失業率減少は就職活動を断念した求職者の減少によるものとの見方もあり、雇用問題が必ずしも改善傾向にあるとはいえない状況です。不況の克服策としてオバマ政権は、1929年の大恐慌直後に、ルーズベルト大統領が経済学者ケインズの理論に基づき、実行したような一時的な公共事業支出を中心とする財政刺激策を取っていますが、現時点でそれが民間部門の雇用増加に直ちに結びついていません。しかしながら、現在の米国の高失業率は単に国内の景気循環だけではなく、世界経済のグローバル化による構造変化も大きな影響を与えています。そうした観点からすれば、共和党保守派やティーパーティグループが信奉する経済学者ハイエクの提言した自由市場主義に任せれば、政府の財政支出に依存しなくても、自然に改善されるという主張も説得性の高いものではありません。
オバマ大統領が演説で述べているように、今日のグローバル化時代における競争はかっての先進自由市場主義国間の競争だけではなく、政府に集中的な財源や権限が与えられ、かつ安価な労働力が豊富にある旧社会主義国や発展途上国を含めた世界的な規模の競争であり、これまでとは競争のルールが異なってきています。また、以前は先進国から発展途上国への技術移転の困難さが先進国に優位性を与えていましたが、今日のIT関連技術の急速な進歩の中では、先進国の技術優位性の確保や維持が長期に続く状況になっていません。
しかも、グローバル化の初期段階では、先進国の大手企業の多くはコスト削減のために、旧社会主義国や発展途上国への生産やサービス機能 の一部を移転させましたが、その後、リーマンショック後の先進国の景気低迷とそうした新興国市場の急速な拡大は、先進国企業による現地の生産やサービス体制を加速化させています。欧州諸国だけでなく、米国や日本でも構造的な高率失業問題が起きているのは、こうした先進国の企業の行動と無関係ではありません。一般教書に先立ち、1月21日にオバマ大統領は新しく発足する雇用と競争力の向上に関する大統領諮問会議の議長にGEの会長兼最高経営責任者であるイメルト氏を任命しました。オバマ大統領が就任した2009年初め当時は米国の金融危機の最中で、再び同じような金融危機を起こさせないことが最大の関心事であり、元連銀総裁であったボルカー氏を委員長とする経済回復諮問委員会が立案した金融規制改革法案を昨年7月に成立させました。そして、米国の大手金融機関の業績も、最近では顕著な改善傾向を示してきていますので、オバマ政権としては政策の重点を金融の安定から雇用と米国の競争力確保の問題に移したことになります。今後イメルト氏の諮問委員会は企業経営者の立場から、米国の雇用や競争力の問題について具体的な提言を行なっていくものと見られます。
これに加えて、オバマ政権は米国の最大貿易相手国で、しかも年間2,000億ドル以上の貿易赤字を生み出している中国に対して、元の引き上げあるいは変動相場制の採用を強く要求しています。自由市場主義の国々とは異なり、政府統制下での限定的な市場主義を取っている中国の企業との競争に対抗し、かつ米国の雇用を維持していくには、かって米国の最大貿易赤字国であった日本に対する政策と同じように、通貨政策が最も有効な手段と考えており、これはオバマ政権も米国議会も共通の認識を持ちながら対応しています。
次に、財政赤字問題については、今年3月末か4月中には政府の借入れ限度額である14兆3,000億ドルに達することもあり、オバマ政権としてもこの問題への取り組みにも強い関心を示しています。一般教書演説では今後5年間の政策支出の増加凍結に加えて、国防や医療保険等での無駄の削減、行政組織の効率化、さらに税収の増加の面では、共和党との間で一時的な妥協が成立した最富裕層に対する2%減税の将来的見直しや税率の簡素化などを提案しました。しかし、米国の雇用問題を最大の課題とする民主党のオバマ政権に対し、米国の財政再建を最優先させる共和党との間では考え方に本質的な違いがあります。そこには、1929年の大不況に対して、当時のルーズベルト大統領が実行した政府の雇用や福祉対策は米国においても不可欠とする民主党に対して、1980年のレーガン革命でも示されたような米国は建国以来、個人や企業の自由な経済活動に任せ、政府の関与は極力少なくあるべきとする共和党との政治哲学の違いが横たわっているように思われます。
両党の考え方の違いは、オバマ政権が昨年3月に成立させた医療保険改革法についても対立を続けています。共和党は今回の医療保険改革法は国民の選択の権利を侵し、強制的な加入を前提とする点で違憲であると主張するのに対して(一部の州の連邦地裁で違憲判決、オバマ政権は控訴)、民主党は国民の誰もが望めば加入できる医療保険制度は設けることは違憲ではなく、政府の任務であるとしています。また、一度成立した医療保険改革法を無効とさせる動きは、昨年11月の中間選挙で過半数を獲得した共和党支配の下院で既に今年1月に可決された実績があり、今後、民主党が多数を占める上院との間でどのような議論が展開されるかが注目されます。但し、大統領が演説の中で指摘したように、既往症者への保険会社による保険加入拒否や大学卒業後も就職できない若い人達への親の医療保険適用の無効は従来の医療保険制度の本質的な欠陥であり、絶対に認められないとする彼の立場は議会でも広く受け入れられるものと見られます。
いずれにしましても、今回のオバマ大統領の一般教書演説は1957年にソ連が人工衛星「スプートニク」の打ち上げに成功した後、米国が遅れていた科学の研究と教育の分野で積極的な投資を行い、ソ連を追い越した具体的な経験を踏まえながら、米国競争力の再生と雇用問題の解決を約束した点で、多くの米国民の共感と支持を得ることになりました。
(2011年2月1日:村方 清)
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