
9月の米国株式市場も欧州危機の混乱と米国経済回復に対する政策面の遅れから、全体的に悪化が目立つ月となりました。9月1日に米国の行政管理予算局が2011年成長率の鈍化や失業率の高止まりの見通しを伝えたことや9月2日に8月の失業率も前月の9.1%の水準に留まったとの政府発表があったことから、ダウ平均価格は2日連続で約120ドル安(1.0%減少)と約253ドル安(2.2%減少)を記録しました。翌週になると、9月7日にドイツの連邦憲法裁判所がドイツ政府によるギリシャ支援や欧州金融安定基金の機能拡充措置を合憲としたことから(但し、今後は連邦議会の承認を得ることが必要)、市場が落ち着きを取り戻し、ダウ価格は約276ドル高(2.5%増加)となりました。しかし、9月8日夜にオバマ大統領が景気・雇用対策のために総額4470億ドルの雇用法案を提案し、市場も前向きの評価を与えたものの、9月9日に欧州中央銀行の専務理事が辞任したことやギリシャの債務不履行の懸念が伝えられ、ダウ価格は再び約304ドル安(2.7%減少)を経験しました。翌週になると、Moody’sによるフランス商業銀行の格下げやオーストリア議会の欧州安定基金への拠出への混乱などが伝えられましたが、9月14日にドイツのメルケル首相とフランスのサルコジ大統領がギリシャ首相との電話会談で、ギリシャが7月21日のユーロ圏首脳会議の決定を実行する限り、ギリシャが欧州連合に留まるための支援を行なうことを確認したことで、ダウ価格は再び約141ドル高(1,27%増加)となりました。9月15日には日米欧の中央銀行が欧州におけるドル資金の供給を強化し、民間商業銀行の資金繰りを支援することを確認したこと、さらに16日に欧州財務相会議で10月にギリシャへの追加融資実行の方針を確認したことで、両日のダウ価格は186ドル高と76ドル高となりました。 なお、この週は2ヵ月半振りに5日間連続でダウ価格の続伸となりました。9月19日はオバマ大統領が先の雇用法案に必要な金額を差し引いた今後10年間における3兆ドルの財政削減計画を発表しましたが、ギリシャ支援を巡るトロイカ(欧州連合、IMF’、欧州中央銀行)とギリシャ政府の話し合いが難航しているとの話が伝えられ、ダウ価格は約108ドル安(0.94%減少)を記録しました。また、9月20日と21日に開かれた連銀の公開市場委員会で、連銀は21日の午後に4000億ドル規模で長期国債の保有比率を高めるツイスト・オペを発表しましたが、市場を驚かせる効果が少なかったことやMoody’sが米国の3つの商業銀行の長期債格付下げをしたことから、ダウ価格は約284ドル安(2.5%減少)を経験しました。更に翌日は連銀の世界経済の見通しが厳しいとの受止め方から、欧州やアジアの株式市場が警戒感を深め、ダウ価格は一時500ドル以上の下落となり、最終的に約391ドル安(3.9%減少)を記録しました。26日の週も前半は欧州金融安定基金の機能拡充など欧州危機に一段と踏み込むなどのニュースがあり、26日のダウ価格は約272ドル高(2.5%増加)に転じたものの、9月30日にはギリシャの財政赤字改善の困難さや中国経済の鈍化のニュースが伝えられ、ダウ価格は約241ドル安(2.2%減少)を経験しました。なお、9月末で終わる第3四半期のダウ価格は約12%の下落で、2009年第1四半期以来最悪の四半期となりました。
9月の欧州市場はギリシャの財政赤字問題が改善の見通しが少ない中で、市場におけるギリシャ債務不履行の懸念の高まりとそれを回避したい欧州連合の主要国や欧州中央銀行の対応措置の繰り返しになりました。それと同時に、従来と異なっていることは支援側のドイツの一部や北欧諸国の一部からギリシャなどの問題国は欧州連合から離脱させるべきとの意見が出てきたり、受け入れ側のギリシャ国内でも現在要求されている財政緊縮政策の厳しさからこれに反対する国民や野党の中より欧州連合からの離脱を主張するグループが出てきたことだと思います。しかしながら、昨年初めにギリシャ債務問題が顕在化した時期であればとも角、それ以降欧州連合やIMFによる支援の取り決めが拡大し、欧州連合内の経済運営が相互に密接な関係を持っている以上、債務不履行や一方的な離脱は2008年のリーマンブラザーズ破綻と同じか、それ以上の混乱を欧州だけでなく、世界経済に与える恐れがあります。これに関連して、9月16日までに合意する予定だった80億ユーロの貸出実行条件をめぐるトロイカ{欧州連合、IMF、欧州中央銀行}とギリシャ政府の話し合いが10月初めまで引き延ばされました。その背景には欧州連合内部で欧州金融安定基金拡大について17カ国の加盟国全てが自国議会の承認など必要な手続きを完了できるか(9月末までにドイツを含めて12カ国が承認済み)と同時に、9月27日の固定資産課税強化法の議会承認に続き、ギリシャ政府による3万人の公務員削減や年金20%の減少等についても国民の理解を得て議会で承認されるかを見極めたいとの判断があったものと見られます。いずれにしても、実質的には債務不履行に近い状態のギリシャの債務問題が改善される見通しは少なく、今後は債務不履行や離脱に伴う市場の混乱をどのように抑えていくかが欧州連合の主要国や関係機関における検討課題になってきているように思います。
一方、米国については、ギリシャなどの欧州危機と異なり、長期に解決すべき財政赤字問題が議会における政治的なイデオロギーの争いになってしまい、経済回復や失業問題に対して必要な財政措置や金融政策が積極的に取れないことに最大の障害があります。オバマ大統領が9月8日に大胆な雇用法案や9月19日に大規模な財政削減案を発表したにもかかわらず、議会下院で多数を占める共和党からの協力姿勢が見られないことから市場に与える動きも限界となっています。また、9月20日と21日に開かれた連銀の公開市場委員会で示されたツイスト・オペも昨年秋に実行されたQE2の量的金融緩和策に比べ、即効性が少なく、市場の反応は芳しいものではありませんでした。ツイスト・オペは深刻な状態にある米国の住宅不動産市場に対して、長期間の低金利ローンを供与する点では意味がありますが、住宅市場の活性化のためには米国の雇用増加や安定収入確保に基づく住宅需要の増加が必要であり、単に低金利のローンを供与するだけでは解決策になりません。米国にとって景気回復が遅れている最大の理由は米国議会の中に現在の米国経済の深刻さの度合いについて共通の認識がなく、イデオロギー的な政治理念の対立を優先させるために、経済回復措置の実行が進まないことにあります。現在の財政赤字の主因であるブッシュ政権時代の政策、大規模減税、アフガンやイラクでの戦争参加による軍事費の大幅増加、持ち家促進のための金融優遇や規制緩和による行過ぎたサブプライムローンの大量不良債権化等はいずれも大胆な見直しと改善策が必要になっており、オバマ大統領はこのために様々な提案を行なっています。しかし、共和党、特にティーパーティーグループは来年11月の大統領選挙でオバマ大統領の再選阻止が第一の目的となり、財政赤字を理由にオバマ政権の財政支援策を悉く批判、米国の深刻な経済問題の解決に向かって超党派的な協力姿勢を示さないことに大きな問題があります。ギリシャの例でも見られるように、共和党が主張する財政赤字改善を優先させる緊縮財政政策だけでは現在の米国経済のような深刻な不況にある時には、経済規模が縮小、結果として債務が増加する悪循環に陥る恐れがあります。
共和党の大統領候補による討論会が、9月7日にロサンゼルス郊外シミバレーのレーガンライブラリーを皮切りに、9月12日にフロリダ州タンパと9月22日にフロリダ州オーランドで、3回に渡って開かれました。ソーシャルセキュリティーの扱い、不法移民への対応、宗教教育の取り扱い、外交政策等については支持率数で第1位のペリー・テキサス州知事に対し、第2位のロムニー・元マサツセッツ州知事やその他の候補者との間で顕著な違いが見られましたが、米国経済低迷や高失業率問題については、いずれの候補もオバマ政権の政府指導型の不況克服を批判、1980年代初めに故レーガン大統領が行なった小さな政府による減税と規制緩和による民間指導型の政策が必要であることを提案していました。しかしながら、レーガン第一期政権は大型減税と巨額軍事支出で財政赤字が大幅に増加、第二期政権の1986年の税制改正で大幅減税や優遇税制措置を悉く廃止し、それが結果的にクリントン政権における財政再建の達成に結ぶついたことについての言及はありませんでした。また、2008年9月のリーマンブラザーズの破綻以降、現在の米国経済不況の最大の要因となっている不良債権急増の住宅不動産市場をどのように立ち直させるかについても、どの候補者からも具体的な提案はありませんでした。
いずれにしましても、欧州危機が更に深刻さを増す中で、米国経済の回復は世界経済の健全な発展のためにも不可欠となっています。しかし、昨年秋の中間選挙の結果、小さな政府による極端な自由市場経済を掲げるティーパーティーグループが共和党支配の下院で大きな影響を与えるようになって以来、一切の妥協を認めない彼等の主張が障害となり、大統領と議会の対立だけでなく、議会内部の対立が悪化し、米国経済の円滑な運営が著しく妨げられるようになっています。現在も10月1日から11月18日までの暫定予算が両院の対立を起こし、合意が得られず(ハリケーン被害による一時的な救援資金法は9月29日に合意)、8月初めのように政府機関閉鎖の恐れが出てきています。このような2大政党間のイデオロギー的対立が来年11月の大統領選挙まで続くことは米国だけでなく、世界にとっても不幸なことであり、米国議会がイデオロギーの対立を超えた米国の経済再生のために、生産的な議論や行動を取っていくことが強く求められているように思われます。
(2011年10月2日: 村方 清)