
1.3月の株式市場
3月の米国株式市場は、米国経済は比較的に順調であった反面、欧州でギリシャ問題は支援合意で一時的安定が見られたものの、スペインでの財政危機の深刻化、さらに中国の景気後退やイランへの経済制裁の強化などの要因が市場に悪影響を与えるようになりました。市場の主要な動きは以下の通りでした。
3月1日:前週の新規失業申請件数が予想より減少し、35万1000件になったことや2月の小売各社の売り上げ増加が予想以上だったことから、ダウ価格は28ドル高(0.22%増加)。
3月6日:ギリシャ政府向け債務削減をめぐる民間金融機関の参加度合いへの懸念、さらに中国やブラジルの経済後退が伝えられ、204ドル安(1.57%減少)。
3月7日:民間雇用サービス機関のADPによる2月の民間雇用者数が前月より21万6千人増加の発表や連銀による新たな金融緩和策の検討との報道から、78ドル高(0.61%増加)。
3月8日:ギリシャ国債債務減免に応じる民間金融機関が全体の75%以上になる見込みであること(実際は約95%)、9日発表の米国雇用統計で3ヶ月連続の増加が期待できることなどから、71ドル高(0.55%増加)。
3月9日:2月の失業率は8.3%に留まったものの、雇用数が22.万7千人の増加で、3ヶ月連続で20万人を超えたことで、微増の14ドル高(0.11%増加)。
3月13日:2月の小売売上高が前月比1.1%の高い伸びを示したことや連銀による米国金融機関のストレステストの結果、JPモルガンが20%の増配と150億ドルの自社株買いを発表したことから、218ドル高(1.68%増加)。
3月15日:米新規失業保険週間申請件数が前週比1万4000件減少の35万1000件であったことから、59ドル高(0.44%増加)。アップル株は一時600ドル越え。
3月20日:中国景気後退懸念から、69ドル安(0.52%減少)。
3月22日:米新規失業保険週間申請件数が4週間連続で減少したにもかかわらず、中国と欧州の製造業業績指数(PMI)が予想以上に悪く、78ドル安(0.60%減少)。
3月26日:景気回復と失業率引き下げのためには超低金利政策の継続が必要との連銀議長発言から、161ドル高(1.23%増加)。ナスダックも55ドル高で、11年4ヶ月振りの高値。
3月27日:1月のケース・シラー住宅価格指数が前月比、昨年同期比いずれも下落したことや3月の消費者信頼感指数も前月から下落したことから、44ドル安(0.33減少)。
3月28日:米国耐久財受注額が伸び悩みに加え、中国の景気後退やスペインの財政懸念から、71ドル安(0.54%減少)。
3月30日:米国個人消費支出の増加など景気回復の傾向が強まり、66ドル高(0.5%増加)。
2.ギリシャ債務削減合意とスペイン財政危機
3月8日にギリシャ政府と民間金融機関団とのギリシャ債務削減に関する条件が合意された後、注目された民間金融機関の参加率は自発的の83.5%に加え、ギリシャ政府の強制措置による参加も含めると、最終的な参加率は95.7%に達することになりました。これにより、ギリシャのGDPに対する債務額は目標の120%に近い約1000億ユーロの債務削減が可能となりました(なお、ギリシャ政府が強制措置を取ったことにより、約30億ドル分が国債スワップデリバティブ協会によってCDSのデフォルト条項に該当することが認定されましたが、金額が小さく市場に与える影響は限定的なものでした)。この結果、3月9日の欧州財務相による電話会議で、ギリシャに対する1300億ユーロの支援が正式に決定しました。また、3月15日にはIMFが4年間で総額280億ユーロの支援を行なうことも決まり、3月20日に償還期限がくる約145億ユーロの債務額が円滑に再編されることになりました。
しかしながら、ギリシャの債務問題が深刻になった2010年初め以降の支援の推移状況を見ますと、2010年5月の第一次支援で1100億ユーロの支援であったものが、2010年7月の第二次支援では1090億ユーロの追加支援に加えて、ギリシャ政府の債務額について21%の削減が求められました。さらに、2010年11月の第二次支援修正では支援額が1300億ユーロに増額することが必要になり、更に債務額の削減も50%が求められるように変更されました。そして、今回の合意では、支援額は第二次支援修正の1300億ユーロと変わらないものの、債務額削減は実質70%が必要であるとの状況に至りました。時間の経過と共に起きている支援額の拡大と債務額削減の増加がギリシャ危機の本質であり、ギリシャ経済の実態に合わない高価値のユーロ通貨導入とギリシャの加盟継続のために欧州連合が払った代償なのだと思います。そして、ギリシャの産業構造や欧州経済の停滞からして、ギリシャが欧州連合やIMFなどのトロイカから求められた緊縮財政政策を今後も実施したとしても、競争力のある産業を持たないギリシャの経済改善は難しく、再びGDPに対する債務比率が増加する結果になっていく可能性が高いものと見られます。
3月26日の週から、スペインの財政危機問題が米国の株式市場にも影響を与えるようになりました。スペイン経済の問題点は10年以上続いた不動産バブルが4年前に崩壊した後、デフレスパイラルが始まり、景気低迷による税収減少で財政赤字が増加傾向を強め、欧州連合の合意であるGDPの3%以内に収める見通しが極めて困難になっていることにあります。3月31日にスペイン政府としては2012年度について、財政赤字を一時的にGDPの5.3%へ圧縮する閣議決定しましたが、それは国内経済の回復をさらに遅らせる可能性が高く、最終的に欧州連合の金融支援が必要になる事態に発展するかも知れません。しかしながら、スペインは欧州連合メンバーの中で、ドイツ、フランス、イタリアに次ぐ、第4の経済大国であり、もしスペインやイタリアに対して金融支援が必要になれば、その規模はギリシャへの支援に比べてはるかに大きく、かつ欧州連合が用意している現在の支援の枠組みでは(30日の欧州財務相会議で、2013年半ばまでに安全網を8000億ユーロに拡大することで合意)、金額的に十分でないという問題が生じることになります
いずれにしましても、欧州連合はギリシャ問題を一時的に沈静化させたものの、スペインの財政危機という新たに深刻な問題を抱えることになりました。加えて、これまで欧州連合の根幹を支えてきたサルコジ大統領のフランスの大統領選挙が4月22日に、多くの国民の反対を押し切って緊縮政策を受け入れたギリシャの総選挙が5月6日に予定されることから、これらの結果によって欧州危機が新たな展開を迎えることもあるように思われます。
3.米国経済の改善とガソリン価格の上昇
2月29日に米国政府は2011年第4四半期のGDPを前月推定値であった2.8%から3.0%に上昇修正しました。この結果、米国経済は2011年の四半期毎のGDPの推移を見る限り、0.4%、1.3%、1.8%、そして今回の3.0%と順調に回復してきていることを示しています。これに伴ない、2月までの新規雇用は3ヶ月連続して20万人以上となりました(但し、2月の、失業率は8.3%で、前月と変わらず)。なお、2012年第1四半期のGDPは欧州やアジアの経済鈍化や米国での住宅市場の低迷から、2-2.5%になるものと予想されています。
一方、物価については、3月16日に政府は2月の消費者物価指数(CPI)が昨年4月以来,最も高い0.4%に上昇したことを発表しました。但し、この上昇は変動が激しいガソリンや食料品を除くと0.1%となり、ガソリン価格の上昇が大きな要因になっています。ガソリン価格はAAA(米国自動車クラブ協会)の調査では3月18日の価格はギャロン当たり3.87ドルで、2月に比べ27セント上昇しました。ガソリン価格の上昇は家計にも悪影響を与えており、そのことがオバマ大統領への4%近い支持率低下をもたらすようになっています。
このため、オバマ大統領は各地域への選挙キャンペーン演説で、原油価格は世界の需給バランスによって決まるもので、共和党候補者達が主張するように米国内の原油生産を拡大すれば、直ちに大きく下がるようなものではないこと、国内の生産量は過去8年間で最大となっていえると強く反論しています。MITのKnittel教授も、米国の原油生産量は世界の11%に過ぎず、仮に米国内で50%の増産に成功したとしても、ガソリン価格は10%も下がるものではないと説明しています。
原油価格が上昇している背景には、7月以降実施予定のイランへの経済制裁によるイランからの原油供給減少の懸念と中国やインドによる原油輸入の増加があります(中国については従来全輸入量の約5%を依存していた南スーダンが独立したことによって、供給停止されたため、世界市場で代替先を求めているとの話があります)。
こうした状況の中で、オバマ大統領は3月22日にオクラホマ州で、共和党や石油会社が強く求めていたカナダからテキサス州のガルフ湾へのKeystone Pipeline プロジェクトの中で、環境問題が少ない南の部分について、連邦関連機関の承認を急がせるとのスピーチを行ないました。大統領としては国内増産に乗り気でないとの共和党側の強い批判の材料に使われていたKeystone Pipelineプロジェクトを前向きに進める姿勢を示すことで、こうした批判を減らしたいとの狙いがあったものと見られます。いずれにしましても、ガソリン価格がこのまま上昇を続けることは米国民のオバマ政権への不満を高め、11月初めの大統領選挙にも悪影響を与えるだけに、時期を見て、価格上昇に歯止めをかける具体的な措置、例えば、昨年夏のリビア危機の時に取られた米国政府による戦略備蓄石油(現在約695百万バーレル)の一部解除などの措置が取られる可能性があるように思われます。
4.オバマ政権の医療保険改革法に対する米国最高裁の審理
オバマ政権が2010年3月に連邦議会に承認を得て成立させた医療保険改革法に関連して、幾つかの州で憲法違反との判決が出ていることもあり、米国最高裁判所で3月26日から3日間の口頭審理が行われました。
米国の医療保険は65歳以上のシニアや貧困層を除けば、民間の保険会社が提供していますが、営利目的であるため、医療費高騰による保険料負担の急騰だけでなく、個人保険では保険会社の費用増に繋がる既往症者は排除するなど、先進国では最も遅れた制度の一つであり、全米の20%近い約5千万人が無保険状態となっていました。こうした状況を改善すべく、オバマ政権は既往症者の保険加入や26歳までの子供も親の保険の対象にさせるなどの条項に加え、医療費や保険料の高騰を抑制し、かつ無保険の人達の多くを加入させるべく、米国民に保険加入を義務付ける条項を含めた医療保険改革法を成立させました。
しかしながら、共和党あるいは保守的なグループは連邦政府が個人に保険加入を義務付けるのは米国憲法で保障された個人の権利を損なうものとして、幾つかの州で訴訟を起こしました。判決は州によって異なっており、違憲判決に対してオバマ政権が上訴したために、最高裁で争われることになりました。今回の審理を踏まえた最高裁の判決は6月に出る予定ですが、最高裁判事の構成は共和党寄りの判事が5名、民主党寄りの判事が4名となっており、口頭審理を聞く限り、違憲判断となるのではないかとの見方が強まっています。
この件に関する大きな問題として、米国における三権分立制度では最高裁の判事の選定は大統領の指名後、上院の承認が必要となるために極めて政党色が強く(判事に対する国民審査制も、任期制もなく、終身制)、しかもそうした政党色の分かれた9名の判事が大統領と議会という二権の機関が承認した法案について憲法判断を下すことに対する正当性の是非が生じるように思います(注)。また、個人の自由な権利は尊重されるべきにしても、医療費や保険料の高騰も重なり、米国民の20%近い人が無保険であるような深刻な社会問題になっている現在の米国医療保険制度を、200年以上も前の全く医療保険制度がなかった1788年憲法制定時の状況に照らさせることの妥当性の問題もあるように思われます。
(注)1929年の大不況後に、当時のルーズベルト大統領は米国社会を安定させるために連邦政府の年金制度など幾つかの社会保障制度を導入しましたが、保守的な最高裁の4名の判事(Four Horsemen) に違憲として阻止されました。このため、大統領は1937年に司法手続き改革法(Court-packing planと言われる)を成立させ、70歳6ヶ月を超えた判事に対して新たな判事を最大6名まで加えることで、危機を乗り切った経緯があります。
5.共和党の大統領候補者選び
資金と組織力に勝るロムニー候補が圧倒的な勝利になるかどうかが注目されていた3月6日の10州におけるスーパーチュースディの結果は、ロムニー候補が6州で、サントラム候補が3州で、ギングリッチ候補が1州で勝利を獲得しました。この中で、特に注目されたのは、3月6日の選挙において代議員数でジョージアに次いで2番目のオハイオでした。選挙前に劣勢であったロムニー候補はフロリダとミシガンで行ったのと同じく、本人及びロムニー候補系列のPAC(選挙活動委員会:今年の大統領選挙から、2010年の最高裁判決を受けて、無制限に政治資金を調達できるスーパー選挙活動委員会が認められた経緯があります)からの多額の資金(12.5百万ドルと言われています)を使って、10分の1の資金しか使えなかったサントラム候補に対するネガティブキャンペインを実行しました。しかし、結果はロムニー候補がサントラム候補に対して38%対37%と1%差の辛勝でした。
また、このようなロムニー候補の金権選挙戦略に対しては共和党内部から批判が出ており、それがスーパーチュースディでキリスト教福音派の影響が強いテネシーやオクラホマでサントラム候補に敗れることになりました。同様なことは10日のカンサス、12日のアラバマとミッシシッピ、24日のルイジアナの南部の州で起こり、サントラム候補が勝ちました。MSNBCによれば、共和党の予備選では2008年に比べ、殆どの州で参加者が少なく、年収10万ドル以上の富裕層はロムニー候補を選ぶ比率が高いものの、5万ドル以下のミドルクラスではサントラム候補が圧倒的に高くなっています。これがブルーカラーを基盤とする伝統的な共和党の中で、ロムニー候補の限界になっているように見られます。
しかしながら、代議員数からする限り、3月末時点でロムニー候補の566人に対し、サントラム候補の263人で、大きな差をつけています。その意味で代議員数の多い州に資金と組織力を集中させるロムニー候補の選挙戦略は大変優れていると言えます。こうした状況から判断する限り、サントラム候補の逆転は難しく、数ヵ月後にはロムニー候補が大統領候補指名に必要な代議員数1144人を獲得するものと見られます。
(2012年4月1日: 村方 清)