1.8月の株式市場
8月の株式市場は、欧州が夏バカンスで一時的に不安定さが減少しました。一方、米国では共和党副大統領候補に保守派の支援を受けるライアン下院議員が選ばれ、全国大会でロムニー候補がオバマ政権との違いを先鋭化させるなど、対決色が強まりましたが、株式市場は取引量も少なく、相対的に安定していました。主要な動きは以下の通りでした。
8月1日:連邦公開市場委員会が追加の金融緩和措置を見送ったことから、売りが広がったものの、欧州中央銀行による追加緩和策の期待も高く、ダウ価格は33ドル安(0.25%減少)。
8月2日:欧州中央銀行理事会終了後のドラギ総裁の記者会見で、中央銀行による南欧諸国の国債買い入れの具体的な計画が示されず、市場の失望感から、92ドル安(0.71%減少)。
8月3日:7月の非農業部門の雇用数が前月比16万3千人の増加となり、市場予想の9万5千人を大きく上回り(失業率は8.3%に上昇)、米景気後退の警戒感が後退したことから、217ドル高(1.69%増加)。
8月7日:ボストン連銀総裁の追加金融緩和が必要との発言や欧州中央銀行による債務危機対応の期待から、51ドル高(0.39%増加)。
8月10日:欧米当局が追加の金融緩和策に踏み切るとの期待から、43ドル高(0.32%増加)。
8月13日:5週間連続の上昇による高値警戒感から、利益確定売りが優勢になり、39ドル安(0.29%現象)。
8月16日:シスコシステムズの好決算によるIT関連株の買いの動きやドイツのメルケル首相のユーロ防衛に向けた強い発言から、85ドル高(0.65%増加)。
8月17日:8月の米消費者態度指数が73.6と前月の72.3から改善、7月の景気先行指標総合指数も市場予想以上に上昇、但し、目先の利益確定売りもあり、25ドル高(0.19%増加)。
8月20日:目先の利益確定売りなどから、4ドル安(0.03%減少)。アップルが時価総額で一時6,231億ドルを超え、史上最高となる。
8月21日:利益確定売りが優勢となり、68ドル安(0.51%減少)。
8月23日:短期的な過熱感から、利益確定目的の売りが続き、115ドル安(0.88%減少)。
8月24日:米連銀の追加金融緩和策への見方が強まったことやギリシャなど欧州債務問題の懸念が後退して、101ドル高(0.77%増加)。アップルとサムソンの特許訴訟で、サムソンに対して10億ドルの支払いを命じる判決。
8月27日:目先の利益確定の売りが優勢となったことで、33ドル安(0.25%減少)。
8月30日:欧州連合の景況感指数が5ヶ月連続で悪化し、欧州経済の悪化懸念が強まったことから、106ドル安(0.81%減少)。
8月31日:前日の下落への反動と連銀議長の追加金融緩和発言で、90ドル高(0.69%増加)。
8月の株式市場はマクロ面で大きな動きはなかったものの、個別株で、アップルが8月13日に創業以来最初の配当を出したり、時価総額で8月20日に1999年12月にマイクロソフトが記録した米国史上最高の6206億ドルを超えたり、8月24日に特許訴訟でサムソンに対する勝訴が決まるなど、話題の大きな月となりました。
2.夏バカンスで先送りされた欧州債務問題
7月26日に欧州中央銀行のドラギ総裁が南欧諸国の財務問題に対して、欧州中央銀行は全責任を持って対応する用意があることを表明、市場も多大の期待を持って8月2日の欧州中央銀行理事会の決定を待ちました。しかし、理事会後の記者会見でドラギ総裁はスペインなどの南欧諸国の国債買い入れを再開する方針を示しましたが、具体的な時期や規模には言及せず、市場の失望を買うことになりました(ダウ価格は一時190ドル近く下落、最終値は92ドル安)。この背景には中央銀行による国債買い入れといえども、借り入れ国の財政規律の条件設定が必要とのドイツ中央銀行のブンデスバンクの意向が強く反映したものと受け止められています。それ以降は欧州が夏バカンスの時期に入っていることもあり、欧州からの不安定要因は少なく、欧米の株式市場に与える影響も極めて限定的でした。
一方、欧州連合の統計局は8月14日に第2四半期のGDP速報値を発表、ユーロ圏全体で前期比マイナス0.2%、前年比マイナス0.4%で、市場予想通り、減速傾向にあることが明らかになりました。メンバー国の中では、ドイツやオランダなどの北欧諸国がそれぞれに、前期比でプラス0.3%および0.2%であったのに対して(フランスは横ばい)、南欧のイタリアはマイナス0.7%、スペインはマイナス0.4%と低迷状態が続いています。また、現在、厳しい財政緊縮政策を実施中のギリシャは前年比マイナス6.2%で、経済規模の縮小が続き、財政削減の目標達成が一層困難になっている状態です。
こうした状況の中で、ドイツでは欧州連合の維持・強化が必要としながらも、容易に改善が見込めない南欧諸国への支援拡大の懸念から、南欧諸国の離脱に向けたドイツの負担度合いに関する非公式調査があったことを8月11日付の英国エコノミスト誌が伝えています。
それによると、ギリシャが離脱した場合、欧州連合全体の負担は3230億ユーロで、ドイツが1180億ユーロ、それに加えて、もしポルトガル、アイルランド、キプロス、スペインが離脱した場合は欧州全体の負担は1兆1550億ユーロで、ドイツが4960億ユーロと見込まれています。それとは逆に、現在のユーロを維持しながら、欧州中央銀行の融資機能強化による支援を行なった場合、全体の負担額は3000億ユーロから4000億ユーロになるとされ、その3分の1がドイツの負担と見られています。この点、欧州連合がギリシャだけの離脱に留まれば、ドイツの負担を少なくて済むものの、離脱がそれ以外の国々まで及べば、ドイツにとってもより大きな負担が生じることになりそうです。更に、8月25日付けの英国エコノミスト誌は供与国側の一つで北欧のフィンランドが負担拡大の懸念から、国内の反対意見が強まっており、欧州連合離脱の可能性があるとの記事を伝えています。
3.ロム二ー候補の危険な賭け-共和党副大統領候補にライアン下院議員
8月11日に、共和党のロムニー大統領候補は副大統領候補に下院の予算委員長を務めるライアン下院議員を選んだことを表明しました。事前予想ではオハイオ州選出のポートマン上院議員あるいはミネソタ州のパレンティ前知事が選ばれる可能性が高いと見る向きが多かっただけに、ライアン議員の選択は専門家の間でも驚きを持って受け止められました。
ライアン議員は2011年4月5日に、2012年度予算について“The Path to Prosperity(繁栄への道)という予算案を下院本会議で提出したことで注目を浴びました、ライアン議員の予算案の特徴は2011年5月の私のブログで詳細に取り上げましたが、基本的には歳入面ではブッシュ減税を恒久化、所得税の最大税率を25%とした上で、税収の不足分は税の抜け道や付加価値税(売上税)で補うとしています。一方、歳出面では社会保障関係制度を全面的に変更し、メディケアは民間の健康保険制度を前提に、バーチャー(クーポンによる一定金額支給)を与える制度にし(但し、現時点で55歳以上の人たちには新しい制度の適用はなし)、連邦政府の支出を大幅に削減することを提案しています。しかし、彼の提案では歳入面よりは歳出削減を優先させた改善策のため、財政均衡化が達成されるのは40年先になっており、オバマ大統領の中期的な財政均衡化案より後退する結果になっています。
こうしたライアン議員の予算案は、当初ギングリッチ元下院議長から“Right-Wing Social Engineering (右派的社会保障改革)”と言われるほど、共和党内部でも批判を受けました。しかし、その後、極端に“小さな政府”を主張するティーパーティーグループから賛成を受けるようになりました。現在、右傾化が目立つ共和党ではライアン議員を若手保守派の代表と見る向きもあり、ロムニー候補はライアン議員を副大統領候補にすることが保守派の支持を取り付ける意味で得策であると判断したように見られます。
今回、ロムニー候補がライアン議員を副大統領候補に選んだことにより、大統領選挙の争点は財政再建を優先させる共和党のロムニー候補と経済回復を重視する現職のオバマ大統領という争いに加え、セーフティネットをめぐる政府の役割のあり方にまで範囲が広がってきているように見られます。ロムニー候補は税収を通じた政府によるセーフティネットの維持・拡大より、個人によるセーフティネットが基本であるとの立場を明確にしました。一方、オバマ大統領が代表する民主党は1929年の大不況後のルーズベルト大統領によって導入された政府によるセーフティネットの維持・充実は米国にとっても不可欠で、そのための前提として、政府による社会的セーフティネットの充実には応分の税負担、特に富裕層の税負担増加が必要との立場を取っています。
この問題を掘り下げれば、現在米国において、企業によるセーフティネットが企業の業績低下から崩れ、かつ富裕層とミドルクラス層との所得格差が拡大している中で、共和党が主張するような個人によるセーフティネットの確立が現実的にどの程度可能であるかとの根本的な疑問に直面するはずです。恐らく、セーフティネットについて個人が確立すべきとする共和党の真意は、個人の自由な権利の尊重という名目の下に、富裕層の税金をミドルクラスや貧困層に対するセーフティネットの拡大に回すべきではないとの考えが横たわっているように思います(現在のメディケアに対して、ライアン議員の提案を導入した場合、一般のシニアの人達の負担は年間で約6500ドルの増加になると言われています)。
さらに、共和党の過度な保守派グループは、オバマ政権が欧州型の福祉国家に向かっているとの批判を繰り返しています(オバマ政権が目指しているのは、市場経済を前提に政府によるセーフティネットを確立した中負担・中福祉の国家と言えます)。 一方、こうした保守派グループの主張を聞くと、米国が所得、医療、教育等の分野で格差拡大を容認する南米型の少数支配利権国家を志向しているのではないかとの疑念も生じかねません。
4.過度な保守主義に影響された共和党全国大会
8月27日から30日に、フロリダ州タンパ市で開かれた共和党全国大会では、11月の大統領選挙の大統領候補にロム二―候補を副大統領候補にライアン候補を指名することを決定しました。政策綱領では、社会面での人工中絶や同性結婚の禁止と同時に、規制緩和や富裕層減税の拡大を通じた民間部門の活性化による強い米国経済の復活を目指すことを決定しました。現在の共和党は保守穏健派のジェフ
ブッシュ前フロリダ州知事から、リバタリアン主義を主張するロン ポール下院議員など多岐の考え方が存在しています。しかし、最も影響力のあるのが一部の富裕層(有名なのはラスベガスの2人のカジノオーナー)や特定の企業グループ(石油、軍需、金融に属する企業)の支援を受けたティーパーティーグループであり、その代表は下院共和党のエリック
カンター院内総務などです。今回の強い米国を目指すという党綱領の採択に際しても、そうしたグループの利益確保を優先させるために、それに適合する綱領を持ち出したことも十分考えられます。
いずれにしましても、今年の大統領選挙では、本来リベラル派とされていたロムニー候補が、大統領のポストを何としても得たいという願望から、現在共和党で最も影響力の強く、過度な保守主義を主張するティ―パーティグループの意向を受け入れ、彼等のための政策提言や極端なオバマ大統領批判をせざるを得ないところに今日の共和党の大きな問題があるように思います(これがロム二ー候補を、政策面で一貫性のない風見鶏という評価を得てしまう原因ともなっています)。
(2012年9月1日: 村方 清)