1.11月の株式市場
11月の株式市場は欧州全体の景気後退を背景に、ギリシャ再建の2年延長による支援や2014年から2000年までの中期予算をめぐる内部対立が続く一方、米国ではオバマ大統領が再選した後、財政の崖をめぐる市場の警戒感が強まるなど、米国市場の不安定性が高まりました。市場の主要な動きは以下の通りでした。
11月1日:米サプライマネジメント協会の製造業景況感指数が市場の予測に反して上昇、10月のADP全米雇用レポートが非農業部門の雇用増加が前月より拡大するなど、景気後退観測が和らぎ、ダウ平均価格は136ドル高(1.04%増加)
11月2日:米政府発表の10月雇用増加数は17万1000人で、市場予想の12万5000人を大幅に上回ったものの(失業率は求職者の増加から、7.9%に増加)、大統領選挙の結果を見極めたいとの反応が強く、利益確定の売りが優勢で、139ドル安(1.05%減少)。
11月6日:大統領選挙後の政策協議が前向きに動き出すとの期待から、金融やエネルギー株など幅広い銘柄に買いが入り、133ドル高(1.02%増加)。
11月7日:ドラギ欧州中央銀行による欧州の景気についての慎重な見方と米国の大統領・議会選挙の結果、上下両院のねじれが続くため、“財政の崖”への懸念が高まり、313ドル安(2.36%減少)。下げ幅として昨年11月9日以来最大で、ダウは13,000ドルを割り込む。
11月8日:前日に続き、“財政の崖”をめぐる不透明感が強く、121ドル高(0.94%減少)。
11月13日:“財政の崖”の懸念とギリシャ債務問題の警戒感から、59ドル安(0.46%減少)。
11月14日:“財政の崖“をめぐる与野党協議が難航の見方から、185ドル安(1.45%減少)。
11月16日:“財政の崖”をめぐる大統領と民主・共和両党の指導者の話し合いが始まり、年末までに回避できるとの期待感から、46ドル高(0.37%増加)。
11月19日:“財政の崖”を回避できる期待が強まった他、米住宅指標の改善で投資家の心理が好転、今年9月6日以来の大幅増加となる208ドル高(1.65%増加)。
11月21日:エジプトの仲介により、イスラエルとハマスの停戦合意が成立、中東の緊張状態が和らぐとの期待から、48ドル高(0.38%増加)。
11月23日:年末商戦への期待などを背景に173ドル高(1.36%増加)。
11月27日:11月の米消費者信頼度指数が73.7と4年9ヶ月振りの水準を回復したものの、
民主党のリード院内総務の“財政の崖”をめぐる発言から、89ドル安(0.69%減少)。
11月28日:“財政の崖”に関するベイナー下院議長とオバ大統領の協議進展についての楽観的な見通しから、107ドル高(0.83%増加)。
11月29日:第3四半期のGDP改定値が2.7%と上方修正されたことや“財政の崖”を回避する動きが強まるとの期待から、37ドル高(0.28%増加)。
2.景気後退により対立が強まる欧州連合
ギリシャ議会は11月8日に追加支援の条件として欧州連合から求められている財政緊縮策をかろうじて承認しました。この緊縮策には公務員の賃金や年金のカットを含む総額135億ユーロの歳出削減に加え、従業員の解雇を容易にする制度が含まれています。更に、11月11日に欧州連合が求める94億ユーロの歳出削減を織り込んだ2013年度の予算を承認しました。これを受けて、欧州財務相会議は12日にギリシャの財政再建の2年延長を決めましたが、延長に伴う追加支援措置については合意できず、対立が続くことになりました。そして、ようやく27日になり、2020年における債務残高のGDP比率を124%に圧縮、既存金利の引き下げなどで合意、凍結中の437億ユーロの支援融資を再開することが決まりました。
一方、11月22日と23日の両日に、2014年から2020年までの中期予算を協議していた欧州首脳会議も欧州委員会が提示した7年間で1兆ユーロの修正案について、更なる削減を求める英国など北欧諸国と農業補助金などの削減に反対するフランス・南欧・旧東欧諸国との対立が解消できず、来年1月に再度協議することになりました。
ギリシャ支援が難航したり、中期予算で欧州連合内部の意見が強く対立する背景には欧州連合が直面している景気後退の影響があると見られます。ユーロ圏内の第3四半期GDPが前期比0.1%減で、第2四半期の0.2%減に続き、2期連続となり、2009年のリーマンショック以降2度目のリセッションに陥りました。ドイツやフランスは0.2%増の成長率を維持したものの、南欧諸国がいずれも落ち込み(イタリアやスペインが0.2%減と0.3減であったのに対し、ギリシャは7.2%減、ポルトガルは0.8%減)、加えて北欧のオランダが1.1%減となったため、全体としてマイナスとなりました。また、一部のアナリストは第4四半期にはドイツやフランスもマイナス成長になる可能性があると見ています。加えて、30日に発表された10月の欧州連合の失業率は11.7%で、1996年以降の最悪水準を更新しました。国別ではスペインが26.2%、イタリアが11.1%で南欧諸国の悪化が一層進んでいます。
欧州連合の景気後退に関連して、英国のエコノミスト誌が11月17日号で、フランスについても“欧州の中心部にある時限爆弾”と題する特集記事を掲載、フランス経済が深刻な状況に陥っていることを伝えました。記事では労働市場や製品市場の厳しい規制、および高い税金や社会保障費の負担が民間企業の競争力を失わせ、政府依存の経済構造が出来上がり、政府の債務負担が急激に増大しているとしています。フランス政府は英国のエコノミスト誌の見方は政府が導入した企業の税控除措置などに言及していないなどと反論していますが、欧州連合第2位の経済大国であるフランスが低迷状態にあることは間違いないようです。
いずれにしても、欧州連合の景気後退が顕著になればなるほど、更なる支援が必要と主張する南欧諸国とメンバー国からの支援拡大はこれ以上行なうべきでないとする北欧諸国の対立が一層大きくなっていくものと見られます。
3.米国大統領・議会選挙の結果
11月6日に行われた大統領選挙は現職のオバマ大統領がロム二―候補に対して得票数では50%対48%の接戦であったものの、選挙人数で323対206という大差で勝利を収めました。
オバマ大統領の勝因は幾つかの理由がありますが、1.ミドルクラスの経済生活向上を第一とする主張の一貫性、2.オハイオなどの接戦州における運動員の組織力、3.時代遅れとも言うべき共和党の保守主義の限界等があると見られます。1についてはロム二―候補が共和党の予備選挙でリベラルから保守に変え、オバマ大統領との第1回テレビ討論会では予備選挙を通じて主張したことを否定するなど、大統領候補としての信頼性に問題点を起こしました。2については、オバマ候補は資金力で大企業や富裕層の大口寄付を確保していたロム二―候補に劣りましたが、多くの運動員が有権者を個別訪問するなど徹底した草の根運動が効果を上げました。最後に3については、共和党は伝統的な白人男性の価値観を前提とする保守主義に捉われすぎ、政治的な影響力を増している女性や人口が増加する中南米系住民の要求に十分対応していないという側面があったと思われます(女性有権者で55%がオバマ支持、投票者の13%を占める黒人では73%が、12%を占める中南米系では73%が、5%を占めるアジア系では73%がオバマ大統領に投票したとされています)。
大統領選挙に関連して、選挙前にオバマ大統領の圧倒的な勝利を予想する世論調査会社やメディアは殆どありませんでした。有名な調査会社のGallup、ABCなど米国3大テレビ放送やCNNも大きく外れ、正確な予想をしたのは数社のみでした。特に、NY Times紙の世論アナリストであるNate
Silver氏は得票数、選挙人数に加え、接戦8州の分析も殆ど正解で、選挙後に大変注目されました。著名な世論調査会社や大手メディアが正確な予想ができなかった原因については、通信手段が家の固定電話から携帯電話やインターネットに大きく変わってきているのに対し、彼等が従来と同じく固定電話に限定した調査を行なっていること、中南米系住民は電話での調査に回答したがらないものの実際の投票に行くなどが指摘されており、現在の調査方法の妥当性に疑問が出されることになりました。
4.“財政の崖”問題
オバマ大統領が当選した翌日の7日はギリシャの財政緊縮策の議会承認の行方と同時に、米国が2013年1月1日から直面する“財政の崖”の懸念からダウ平均価格の終値が313ドル下落、翌日以降も大きく値を下げ続けました。
“財政の崖”は①ブッシュ減税の期限切れ、②給与税の被雇用者負担の引き下げと失業保険の給付期間の延長の失効、③昨年8月に合意された財政赤字削減案が策定されない時のトリガー条項による歳出の自動削減の3つで構成されています。11月8日に議会予算局は、これらの影響について、もし、そのまま推移すればGDPを0.5%押し下げ、2013年末の失業率が9.1%に達する恐れがあると警告しました。また、ブッシュ減税を延長された場合には、GDPを1.4%引き上げると同時に、雇用も180万人の増加する効果が期待できる半面、財政赤字は3300億ドル増加する恐れがあるとしました。さらに、減税延長の対象を25万ドル以下までとすれば、GDPを1.3%引き上げると同時に、160万人の雇用が増加される反面、財政赤字は2880億ドル増加する恐れがあるとしました。
オバマ大統領は11月14日の記者会見で、“財政の崖”に対応する方法として、選挙期間中にも明らかにしたように、25万ドル以下のミドルクラスに対する減税措置は据え置き、25万ドル以上の富裕層に対する税率はクリントン政権時代の39%に引き上げる意向を改めて表明しました。また、今後財政負担の度合いが高まる社会保障費について、構造的に見直す用意があることを伝えました。
オバマ大統領はその後、15日のビジネス界のリーダー達との話し合いに続き、16日に民主・共和両党の議会指導者を集め、財政の崖をめぐる第1回の会議を開きました。その会議では大統領の要請に基づき、両党の関係者が年内の合意を目指すことで一致したとのニュースも伝えられ、11月19日のダウ価格は前日より大きく上昇、208ドル高となりました。しかし、その後は、議会関係者の財政の崖をめぐる交渉が容易でないとの発言がある度毎に、相場の変動が大きくなる状態が続いています。
オバマ大統領としては財政赤字の改善にはブッシュ減税、特に富裕層に対する減税優遇措置の廃止が不可欠と考えています。2011年8月に連邦政府の借入れ限度枠の引き上げに関連して、同じ財政赤字問題に直面した時に、ティーパーティーの影響力が強い共和党下院の強硬論に譲らざるを得なかった苦い経験から、今回は大統領選挙や議会選挙の結果を受けて、富裕層への優遇措置は認められないとの強い立場を取っています。一方、共和党も上下両院とも一切の増税を認めないとするテーパーティーグループの影響力が弱まったこともあり、富裕層への増税に反対はしないものの、財政赤字の改善には財政支出、特に社会保障費関係の削減との一体化が不可欠であるとしています。但し、オバマ大統領が提案する先行してミドルクラスの減税措置を据え置く案に対しては、強い抵抗を示しています。
いずれにしましても、年末にかけて、“財政の崖”の回避をめぐり、様々な議論が展開され、市場の動きもその都度、大きく変動を繰り返していくことになると思われます。
(2012年12月1日: 村方 清)