1.11月の株式市場
11月の株式市場は、次期連銀議長の指名を受けたイエレン副議長が14日の上院銀行委員会で金融緩和策継続の必要性を強調したことから、株価の上昇傾向が続きました。同時に、史上最高値を更新する株価高騰の警戒感も強まっています。主要な動きは以下の通りです。
11月1日:米サプライマネジメント協会(ISM)の10月製造業景況感指数が56.4と2011年4月以来の高水準になったことから、ダウ価格は70ドル高(0.45%増加)。
11月5日:米サプライマネジメント協会(ISM)の10月の非製造業景況感指数が市場予想に反して改善したことから、量的緩和策の継続期待が後退し、21ドル安(0.13%減少)。
11月6日:欧州の株式市場が上昇、米国での投資家心理が改善、8日の10月米雇用統計が政府機関閉鎖で低調のために連銀の緩和策が長期化との見方から、129ドル高(0.82%増加)。
11月7日:前日の株価が過去最高を更新したことの反動と、7-9月期のGDPは2.8%と市場予想を上回ったが、個人消費は減速、景気回復は鈍く、153ドル安(0.97%減少)。
11月8日:政府発表の非農業部門の雇用者数の伸びが前月比204,000
人の増加で、市場予想(120,000人)を大きく上回り(失業率は政府機関閉鎖の一時帰休者を含めて7.3%に増加。除けば7.1%に低下)、米景気の勢いが増加との見方が強く、168ドル高(1.08%増加)。
11月13日:イエレン米連銀副議長の次期FRB議長就任のための14日の公聴会を控えて、米国の金融緩和が長期化するとの見方が強くなり、71ドル高(0.45%増加)。
11月14日:イエレン連銀副議長の上院公聴会での発言を受けて、米国の金融緩和策が長期に続くとの見方から、55ドル高(0.35%高)。
11月15日:ニューヨーク連銀の製造業景気指数が前月比マイナス2.21となったことから、連銀の金融緩和策が長引くとの見方から、85ドル高(0.54%増加)。
11月20日:10月のFOMCの議事要旨が発表され、量的緩和策が早期に縮小されるとの見方が広がり、売りが加速、66ドル安(0.41%減少)。
11月21日:米政府発表の週間失業申請件数が323,000件で市場予想を下回り、連銀の量的緩和策が縮小しても、超低金利政策は継続との見方から、幅広い銘柄に買いが入り、109ドル高(0.69%増加)。ダウの終値が16,000ドルを超えるのは史上初めてとなった。
11月22日:米国の超低金利政策が長期間継続するとの見方から、55ドル高(0.34%増加)。
11月27日:消費者信頼度指数が速報値から上方修正、週間の新規失業保険申請件数も減少し、投資化心理が改善、25ドル高(0.15%増加)。
11月28日:感謝祭直後の年末商戦への期待が高まったが、取引終了時に利益確定売りが高まり、11ドル安(0.07%減少)。11月全体で、ダウは3.5%の増加。
2.イエレン議長候補の上院公聴会証言とバーナンキ議長の講演内容
米連銀議長の後任に指名されたイエレン副議長は11月14日に、上院銀行委員会の公聴会で証言、米国が経済活動や雇用などで景気回復するには道のりが長いとして、引き続き積極的な金融緩和策を継続する必要があることの意向を示しました。また、経済回復が十分でない中で、性急に金融緩和策を止めれば悪い結果をもたらしかねないとして、バーナンキ議長が年内の量的緩和策縮小を予定していた出口シナリオに拘らない考えを示しました。こうしたイエレン副議長の発言を受けて、ダウ価格は14日に55ドル高、15日に85ドルと連日の上昇を続けました。更に、21日にはダウの終値が史上初めて16,000ドルを越える状況になりました。なお、今回のイエレン副議長の発言は量的緩和策が株バブルを起こすに至っていないとの認識であり、急激な株価上昇による金融不安定化を懸念する市場アナリスト達との間で意見の相違を起こしているように見られます。
14日の公聴会でも共和党議員より、連銀による量的緩和策のマクロ経済への影響や資産バブルの懸念に関する質問も出ましたが、一人当たりの持ち時間の制約から、十分な議論が展開されずに終わってしまいました。但し、クロッカー上院議員がイエレン副議長に対して、現在の連銀は市場のプリズナー(過熱市場の否定的反応を恐れ、適切な金融政策が出せない囚人のような状況)になっていないかとの質問は興味あるものだったと思います。なお、上院銀行委員会は21日にイエレン副議長を次期FRB議長にするかどうかの議決を行い、14対8の票数で承認されました。民主党の11人に加え、共和党の3人も支持に回りました。これにより、上院本会議での採決になりますが、多くの共和党議員が連銀の過度な金融緩和策に反対しており、承認されるにしても票差は僅かになると見られます。
翌日の22日にバーナンキ連銀議長は、量的緩和策よりもフォワードガイダンス(政策金利をいつまで超低金利で維持すべきかといった今後の金融政策の指針)の方が望ましいことを示唆しました。特に量的緩和策の欠陥として、従来から金融専門家が指摘しているように、連銀のバランスシートの規模が大きくなりすぎること(現時点で、対GDPの22%まで拡大)、企業業績を前提とする証券市場の機能を損なうリスク、連銀のオペレーションがより複雑になることなどを挙げました。その上で、雇用市場の見通しがかなり改善したと判断される前にも、量的緩和策の終了の可能性を述べたことが注目されました。
3.米国連銀の量的緩和策の評価
前述のバーナンキ議長の講演内容にあったように、今年の米国株式市場はS&P500の株価指数が最高値を更新するのは11月末で38回となっており、 既に1999年の35回を上回り、ITバブル期の1998年の47回以来の頻度になっています。米国経済の改善が緩やかな状況の中で、株式や不動産だけが高値相場を形成していく最大の理由は5年に渡る連銀の大規模な量的緩和策にあります。もちろん、ここまで株式市場が高値になっている状況で、量的緩和策縮小を実行すれば、株式市場の一時的な下落は避けられませんが、その一方、このまま量的緩和策を実行し続ければ、株バブルが強まり、その反動として急激な株暴落が起こる事態になりかねません(11月18日に巨額投資家のアイカーン氏が現在の株式市場における企業収益の改善は超緩和的な金融環境に支えられたものであり、大幅な下落もあり得ると発言し、その日の株価は大きく変動しました)。
それと同時に、連銀による量的緩和策が現在のようなグローバルな経済環境の中で、雇用問題の改善にどの程度役立つのかも検証されることが必要になっているように思われます。11月2日付の英国エコノミスト誌は、米国における労働分配率が1990年代から2000年代にかけて低下している要因について、2つの研究を紹介しています。一つは英国エディンバラ大学のElsby教授、サンフランシスコ連銀のHobijn氏、ニューヨーク連銀のSahin氏の共同研究で、グローバル化による外国との競争で、米国内での労働比率が過去25年間で3.9%低下したことを明らかにしました。もう一つはシカゴ大学のKarabarbounis教授とNeiman教授の共同研究で、過去35年間で技術革新による投資財のコストが25%安くなり、労働比率の低下が起きていることを示しました。マネタリストの研究成果が広く受け入れた30年前の米国は国内経済のウエートが高く、コンピューターなど技術革新も限定的でしたが、現在の米国経済は構造的に変化を遂げており、マネーサプライの増加によって雇用を改善させる試み自体に相当無理があるように思われてなりません。
上記に述べた量的緩和策のマクロ経済に対する限定的な効果は、企業経営と言ったミクロ経済への観点においても問題が生じます。量的緩和策はマネーサプライを増加させる点で、現在のような低成長下の経済であっても、確実に企業の株価を押し上げる効果は持っています。しかし、株価上昇が続く中で、経営者が株主や投資家を満足させるために従来と同じような株価利益率や配当率を維持しようとすれば、経費の中心である従業員への労働分配率を低くせざるを得なくなるはずです。労賃の安い海外移転の加速だけでなく、米国内でも正規社員の数を減らしたり、非正規社員を増加させたりして、一人当たり従業員の労働生産性向上が不可欠になります。こうした点を考えるならば、現在のように株価が高騰している状況で、量的緩和策を続ければ米国内の雇用状況がよくなるなどと言ったことは、ミクロ面でも正当性を欠いているように思われてなりません。
4.ドイツの大連立合意
メルケル首相が率いる政権与党のキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)と最大与党の社会民主党(SPD)は10月27日に連立政権樹立で合意しました。合意内容ではSPDが要求していた1時間あたり8.5ユーロの最低賃金を段階的に受け入れると同時に、現在の法定退職年齢を67歳から63歳に引き下げるなど厳しい条件も含まれています。一方、欧州政策ではメルケル首相が主張する緊縮政策の推進が維持され、更に現在提案されている銀行同盟については各加盟国が銀行の破綻処理に一義的な責任を負うことで一致したとされています。なお、この合意には12月中旬に予定されるSPD党員全員による投票が必要で、一部のSPD党員の中には2005-09年の大連立の失敗から懐疑的な見方もあるようですが、否定されれば欧州連合に対するドイツの威信の問題もあり、最終的には承認されるものと見られます。
(2013年12月1日: 村方 清)