1. 1月の株式市場
昨年12月の米連銀のFOMCで決定された量的緩和策の規模縮小(月額100億ドルの減少)が1月から実行され、24日には新興国の通貨急落を受けて世界的な株安現象が一時的に起こりました。しかし、連銀は1月28-29日のFOMCでも、米国経済の改善を理由に更に100億ドルの追加縮小を決め、終焉に向かって進んでいます。主要な動きは以下の通りです。
1月2日:中国の12月のPMIが前月の51.4から51.0に低下、欧州株式市場の下落などを受けて、昨年末の相場上昇から目先の利益確定の売りが優勢で、ダウ価格は135ドル安(0.82%減少)。下落幅として11月7日以来ほぼ2ヶ月振り。
1月7日:11月の貿易赤字は10月の393億ドルから343億ドルへ大幅に減少、欧州市場の株価も上昇したこともあり、投資家の心理が改善、106ドル高(0.64%増加)。
1月8日:12月のFOMC議事録要旨が公表されたが、新たな内容に乏しく、むしろ最高値相場への警戒感から、目先の利益確定の売りが優勢で、68ドル安(0.41%減少)。
1月10日:政府発表の非農業部門の雇用者数の伸びが前月比74,000
人の増加で、市場予想(200,000人)を大きく下回り(,失業率は6.7%に低下)、景況感が悪化、利益確定売りが優勢で8ドル安(0.05%減少)。
1月13日:10日の雇用統計による米景気の不透明感に加え、高値相場への警戒感からは幅広い銘柄に売り上げが出て、179ドル安(1.05%減少)。
1月14日:政府発表の小売売上高が前月比0.2%増で、市場予想の0.1%を上回り、個人消費への警戒感が薄らいだことから、116ドル高(0.71%増加)。
1月15日:米連銀の地区連銀経済報告で大部分の地区と業種で拡大が続いていると指摘されたことや年末商戦の売上高が前年比3.8%増であったことから、108ドル高(0.66%増加)。
1月23日:中国の1月製造業購買担当者景気指数が前月比0.9%減の49.6となり、6ヶ月振りに50を割ったことから中国の景気減速の見方が広がり、176ドル安(1.07%減少)。
1月24日:中国の景気減速に加え、連銀の量的緩和策縮小の影響を受けるアルゼンチンやトルコなどの通貨安が広がり、世界景気の不透明感の広がりから、318ドル安(1.96%下落)。
1月28日:新興国の通貨売り圧力の弱まり、欧州の主要市場も上昇、1月の米消費者信頼度指数も前月の77.5から80.1へ増加、投資家の心理が改善、91ドル高(0.57%増加)。
1月29日:新興国通貨の不安定さへの警戒感が強まったことや連銀の量的緩和策が更に100億ドルの減少を決定したことから、190ドル安(1.19%減少)。
1月30日:2013年第4四半期のGDP速報値が市場予想を上回る3.2%となったことから、投資家の景気回復の期待感が高まり、110ドル高(0.70%増加)。
2.オバマ大統領の一般教書演説
オバマ大統領は28日夜に、第2期政権の2度目となる一般教書演説を行ないました。内政面で医療保険制度改革(オバマケア)導入時の混乱、外交面でシリアの化学兵器使用の対応でリーダーシップを取れなかったことから、支持率の低下に直面する大統領にとっては、今年11月の中間選挙を控え、巻き返しを図りたい意向を反映した政策の表明になりました。
政策の中心は格差や不平等の是正による中間層の支援で、このためには今年を行動の年として、最低賃金の引き上げと不法移民制度の改革などに議会の協力を強く求めました。加えて、連邦政府の契約職員に適用する最低賃金を現行の時給7ドル25セントから10ドル10セントへ引き上げるために大統領令を活用する考えを示しました。また、今年1月から個人の医療保険加入義務化が始まったオバマケアには既往症による保険差別の禁止や26歳までの若年層に対する親の保険適用などの利点を挙げながら、多くの国民に期限の3月末までの加入を呼びかけました。
一方、軍事・外交面ではイラクからの米軍撤退の完了に加え、アフガニスタンについても
今年末までに主要部隊を撤退させ、今後米国による軍事介入は制限的なものになる方針を再度表明しました。また、イランのウラン濃縮活動への制限についても外交面での成果を強調し、議会による新たな制裁措置決議の動きに反対の意向を示しました。
大統領の教書演説後、共和党のロジャース下院議員が共和党を代表して、政府の役割は国民のために決定を下すのではなく、自由市場を擁護し、国民に委ねることにあるべきとの反対意見を述べました。但し、こうした共和党の反対意見に対して、CNNの番組で一般教書演説の評価をしていたノーベル経済学賞授賞のプリンストン大のクルーグマン教授は、具体的な提案がないことや年間所得29,000ドルであるバス運転手などにとって、政府の支援が全く無ければ、やっていける状態ではないと批判を行なっていました(通常、米国における民間医療保険の場合、最低でも一人月額500ドル以上)。なお、CNNの調査では一般教書演説を見ていた米国民の反応として、非常によかったとするものが44%、ある程度よかったとするものが32%、良くなかったとするものが22%であったことを発表しました。
3. FOMCの量的緩和策縮小規模拡大と市場への影響
1月28日と29日に開かれた連銀のFOMCは、12月に決定された量的緩和策(資産購入プログラム)の縮小規模を2月より更に100億ドル増やし、月額ペースで650億ドルとすることを決定しました(米国債を月額400億ドルから350億ドルへ、住宅ローン担保証券を月額350億ドルから300億ドル億ドルへ縮小)。FOMCの声明文では、この理由として米国全体の経済活動の成長が過去四半期で上向いていることや労働市場も全体として更に改善してきていることを上げています(30日発表された2013年第4四半期のGDP速報値は前期比3.2%増で、事前予想を多少上回りました)。今後についても、雇用情勢が改善し続け、物価も長期目標値に向かって上がっていくのと見通しが幅広く立証される限り、量的緩和策を更に縮小させていく可能性が高いことを示しました。
加えて、雇用の最大化と物価の安定に向けて、改善状態を後押しするために、量的緩和策が終了し、経済回復が強まった後も、相当期間は極めて緩和的な金融政策を維持することが適当であるとのフォーワード・ガイダンスが再確認されたことも明らかにしました。現在のフォードード・ガイダンスでは、失業率が6.5%以上で、1-2年先の物価上昇率が長期目標の2%を最大0.5%上回るにとどまる限り、フェデラル・ファンド金利を0-0.25%という超低利の範囲に誘導することを目標にしています。
今回の決定を受けた後、29日と31日の最終株価は、ダウ価格ベースで約190ドルと150ドルの下落となりましたが、下落率が予想以上に少なかった理由として、先週の23日と24日に中国の経済指標悪化及びアルゼンチン、トルコ、南アフリカなど新興国の通貨急落の影響を受けて、ダウ価格が既に2日間の合計で494ドルの下落となっていたことが指摘されます。この結果、1月のダウの下落率は5.3%となり、2009年2月以来4年11ヶ月振りの大きさとなりました。
今後の見通しについては、一つは新興国の通貨下落問題がどこまで拡大するかであり、もう一つは米国経済の回復がどの程度強いものであるかによっていると見られます。前者について一部に1997年のロシア通貨危機と同じような事態が起きるのではないかとの見方がありますが、これらの新興国がIMF等との協議を通じて、恒常的な経常赤字構造を変えていこうとする強い政治的意思を貫くのであれば大きな混乱が生じる可能性は少ないと見られます。なお、米国の連銀も今回のFOMCの声明に、こうした新興国の通貨急落について言及する文言が一言もなかったことを見ると、これらの国は経常収支の恒常的な赤字を外国からの資本流入によって補うという国際収支の構造問題があり、その問題への対応はそれぞれの国の政府と中央銀行で行なうべきとの考えがあるものと思われます。
一方、米国経済については、連銀は量的緩和策を縮小させた決定の理由として米国景気が順調に回復して来ているとしていますが、アナリストの中には米国景気の回復が必ずしも強いものではなく、量的緩和策の縮小過程で、経済の実態に合わせた株価の適正水準として最低10-15%の下落調整が起きてくるのは避けられないとの見方も出ています。
いずれにしましても、過去5年間に渡って続けられてきた連銀の大規模な量的緩和策が縮小・終焉に向かっていく際に、その効果を一番受けてきた株式市場に大きな悪影響が出てくることは予想されたことであり、それを適正な下落水準で抑えられるかどうかはイエレン新議長以下の連銀の新体制の運営能力にかかっていると思われます。
4.イエレン新連銀議長の上院承認と今後の課題
1月7日に、米議会上院はイエレン連銀副議長を議長にするための投票を行い、56対26の票差で承認されました。これにより、イエレン議長は昨年12月と今年1月のFOMC会合で決定した量的緩和策の縮小を2月からはリーダーとして進めることになります。現在、米国経済は全体として回復期にありますが、成長や雇用水準からすれば決して十分といえず、一方で5年間続いた量的緩和策の影響で、株価が極めて高い水準を示しています。
この点、バーナンキ前議長の後を継ぐイエレン新議長は難しい舵取りを迫られますが、1月13日付のBloomberg/Businessweek誌は新議長が3つの課題(Optimal Control, Managing Bubbles,
Transparency or Mystery) に直面することになると指摘しています。Optimal Controlとは経済の実態に応じて科学的に適切な金利水準を導いていくことですが、連銀に完全な洞察力があるわけでもなく、また経済データも完璧であるわけでもない中で、連銀の信頼性をいかに築くかにかかっています(一時、フーバー研究所のTaylor教授が提唱したTaylorルールというものがありましたが、現在のように長期に低インフレ状態が続くと、その適用性も困難となります)。
Managing Bubblesはグリーンスパン元連銀議長もバーナンキ前連銀議長もバブルは事前に予想が困難であり、無秩序な融資慣行などに規制を加えることしかできないとしています。しかし、連銀の中にはJeremy Stein氏のように緊縮的な金利政策が有効とするメンバーもあり、どのようにバブルを抑制していくのかが課題になります。加えて、年内に量的緩和策(QE3)を終了させても、過去5年に渡る量的緩和策の結果、連銀は4兆ドル以上の長期債券を保有しており、今後は長期金利の上昇が連銀の財務内容を著しく悪化させていくというジレンマを抱えることになります。
最後にTransparencyについては、インフレや経済成長に対する連銀の政策展開を市場に明確に伝えるという意味で、イエレン新議長もバーナンキ前議長と同じように、連銀による透明性の確保は重要なものとの認識は十分あるといわれています。しかし、実際には昨年5月のFOMC会合後のバーナンキ議長発言のように、それが市場に無用の混乱を与える事態も起きており、どのように伝えていくことがベストなのかが問われることになります。
(2014年2月1日: 村方 清)