Tuesday, July 1, 2014

地政学リスクの影響と高値水準が続く米国市場














1.6月の実績

6月の株式市場はウクライナ問題に加え、イラクでもイスラム教スンニ派の過激組織による反政府攻撃が強まるなど地政学リスクが高まりました。しかし、連銀の緩和策が続く米国株式市場は地政学リスクによる悪影響は軽微なものに留まりました。主要な動きは以下の通りでした。
62日:5月の米サプライマネジメント協会(ISM)の製造業景況感指数が2回の修正の後に、前月の54.9から55.4へ改善したことから、ダウ平均価格は26ドル高(0.16%増加)。
65日:ECBが政策金利の0.1%引き下げに加え、民間銀行のECBに預ける余剰資金について0.1%の手数料(マイナス金利)を課すことを決めたことで、99ドル高(0.59%増加)。
66日:政府発表の非農業部門の雇用者数の伸びが前月比217,000 人増で、ほぼ市場予想(220,000人)に近く(失業率6.3と変わらず)、88ドル高「0.52%増加)。
611日:世界銀行が世界経済見通しを従来の3.2%から2.8%へ引き下げたことやバージニア州の予備選挙で下院共和党のNo.2であるカウンター議員が敗北、今後の連邦政府の借り入れ限度の引き上げ問題などへの懸念から、102ドル安(0.6%減少)。
612日:5月の米小売り売上高が前月比0.3%増に留まったことや、イラク情勢の緊迫で原油相場が急伸、企業や家計への悪影響から、投資家のリスク回避姿勢が高まり、109ドル安(0.65% 減少)
613日:イラク情勢に関連して、オバマ大統領が地上軍を投入することはないと表明したことから、地政学リスクの警戒感が和らぎ、42ドル高(0.25%増加)。
617日:5月のCPI0.6%の上昇で市場予想を上回ったものの、住宅着工件数は6.5%減と好不調のデータが交錯、18日のFOMC後の議長記者会見を控え、27ドル高(0.16%増加)。
618日:FOMC会合の結果や議長の記者会見で、米景気の回復の見通しと緩和的な金融政策が続くとの期待から、98ドル高(0.58%増加)。
623日:5月の中古住宅販売件数が前月比4.9%増など良好なデータがあったが、過去最高値圏を押し上げるまでにはいかず、利益確定の売りが優勢で、10ドル安(0.06%減少)。
624日:イラクの軍事衝突拡大の懸念と米国の高値相場への警戒感から、119ドル安(0.70%減少)。
625日:第1四半期GDPの確定値が改定値から大幅に改定され、マイナス2.9%となったが、イラク情勢などの地政学リスクの警戒感が後退し、49ドル高(0.29%増加)
626日:5月の米個人消費支出の伸びが市場予想を下回る0.2%であったことやセントルイス連銀のブラード総裁による早期の金利引き上げ発言を受けて、21ドル安(0.13%減少)。
630日:第2四半期末で持ち高調整の売りが優勢のため、25ドル安(0.15%減少)。この結果、第2四半期全体で2.2%増加、上半期全体で1.5%増加。

2.米国の雇用状況

米労働省が65日に発表した5月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比217,000人の増加で、市場予想の220,000人にほぼ近い数字となりました。なお、3月の実績値は203,000人で変わらず、4月の改定値は282,000人に下方修正されました。これにより、2月から4か月間連続で、連銀が目指す200,000人以上を維持したことになりました。

一方、4月の失業率については6.3%で、前月と変わらず、労働参加率も62.8%と横ばいでした。なお、フルタイムの職を見つけられず、パートタイムについている労働者を含めた広義の失業率は12.2%で、4月の12.3%から若干低下しました。

部門別では、サービス業が大きく増加、特に、医療・社会福祉サービスが39,000人、小売業が12,000人、輸送・建設が16,400人の増加となりました。

こうした雇用面での改善が受けて、景況感も強気となり、その日のダウ平均価格は88ドル高となりました。

3.FOMC

617日と18日にFOMCが開催されました。会合の声明文では米経済活動が最近数か月では戻ってきていること、労働市場は失業率が低下してきているが、依然高い水準にあること、家計支出や民間設備投資も前進しているが、住宅市場の回復は依然として遅いこと、物価上昇はFOMCの長期目標を下回る水準で進んでおり、長期インフレ期待は安定した状態を保っていることなどが伝えられました。そして、雇用の最大化という目標達成への雇用情勢改善の進展を考慮した結果、現在の量的緩和策の縮小規模を7月から更に100億ドル減額し、月額ベースで350億ドルとすることを決定しました(米国債を月額250億ドルから200億ドルへ、住宅ローン担保証券を月額200億ドルから150億ドルへ縮小)。

また、雇用の最大化と物価の安定に向かって改善していくために、極めて緩和的な金融政策を維持するのが適当であること、現在の0.00.25%という異例の低水準であるフェデラルファンド金利の誘導目標の期間決定に際しては、現在の前進振りと今後の予測の両方を評価していくこととしました。

FOMC後のイエレン議長の記者会見での主要な質疑応答は以下の通りでした。

成長率の修正
今年の成長率を2.9%程度から2.12.9%に下方修正したのは第1四半期がマイナス1%と予想外の低成長率となったことが大きい(25日に発表された第1四半期の確定値はマイナス2.9%とさらに悪化)

② 失業率の見通し
失業率の低下は労働市場の低迷から抜け出たものではない。労働参加率は低下している。但し、景気拡大により労働参加率が上昇すれば、失業率低下ペースの鈍化が予想される。

③ 緩和政策の解除
失業率やインフレが責務と一致する水準に近付いた後も、フェデラルファンド金利を長期的に正常とみなす水準を下回るように維持することが。経済情勢から正当化される可能性がある。

    出口戦略
これまでの議論は大いなる進展があったが、まだ結論に達していない。年内に出口政策について一連の原則に修正版を示すことを考えてみたい。

    市場のボラティリティ
市場のボラティリティは現状と見通しの両方で低水準にあると言える。しかし、低水準のボラティリティはレベレッジの過剰な蓄積や満期の延長といったリスクテーク行動を誘発する可能性があり、今後の金融の安定にとってリスクとなるだけに、懸念要因となる。

イエレン議長の記者会見に関連して、議長は労働経済学が専門ですが、短期失業だけでなく、長期失業も含めて問題にする立場を取っています。これに対し、大統領経済諮問委員会の前委員長を務めたプリンストン大のアラン・クル-ガー教授は同じ労働経済学が専門であっても、賃金上昇やインフレ圧力になるのは短期失業であり、それをもっと重視すべきとの立場を取っています。両者の違いは長期失業の原因だけでなく、短期失業率が著しく改善してきた時に緩和的な金融瀬策を更に続けるべきかとの議論に及ぶことになります。バーナンキ前議長はどちらかと言えばクルーガー教授に近く、金融政策で対応できるのは景気循環が原因とされる短期失業であり、産業の構造変化を伴う長期失業は財政政策を含めその他の政策が関与すべきとの立場を取っていたように思われます。一方、イエレン議長はグローバル化や技術革新に伴う長期の構造失業まで、超緩和的な金融政策を長期に続ければ解決できるという考えのようで、それが本当に可能なのかという問題に加え、超緩和策がもたらす資産インフレという副作用への対応が後手に回ることへの懸念も生じます(イエレン議長の記者会見後、ダウは98ドル高)。

また、イエレン議長になって、バーナンキ前議長の時に示されたフォワードガイダンスの具体的な言及があまりなく、金融政策の転換は今後の経済データ次第というのは連銀の政策運営について曖昧さを残す結果となっているように思います。

4.下院共和党ナンバー2の敗北

11月の中間選挙に備えて、各州で民主党と共和党の候補を決める予備選挙が行われています。これに関連して、バージニア州で10日に実施された選挙で、下院の共和党ナンバー2とされるエリック・カンター院内総務がティーパーティーが支持するデビッド・ブラット候補に敗れるという事態が生じ、共和党内だけでなく、カンター議員と関係の深かったウオール街の金融機関にも衝撃を与えました。元来、カンター議員は2010 11月の中間選挙後は力を増したティーパーティーグループの影響を受け、2011年に生じた連邦政府の借入限度引き上げ問題では強硬論を唱え、連邦政府の債務不履行寸前までオバマ政権を追い込みましたが、そのことが一般世論の共和党離れを起こしたことから、ベイナー議長の現実的な路線に転向しました。しかし、今回の予備選挙では保守的な性格が強い地区ではそのことがマイナスとなり、過激派のプラット候補に敗北することになりました。今後の影響については共和党内で伝統的な保守派とティーパーティーグループの過激派の争いが激しくなり、そのことが民主党を利することがない限り、連邦議会の運営が難しくなることが予想されます。

5.欧州中央銀行(ECB)のマイナス金利導入

ECB65日に開催された定例理事会で、政策金利を0.1%を引き下げ、過去最低の年0.15%とすると共に、ECBが域内の銀行から預かる余剰資金の金利を現行のゼロから0.1%のマイナスにすることを決めました。

ECBは昨年11月以降、物価が目標値に向けて緩やかに上昇するとして、政策金利の現状維持を続けてきましたが、今月3日に発表された5月のユーロ圏の消費者物価上昇率は0.5%に留まり、1.0%を割り込む状態が8か月も続いており、今回の利下げとなりました。

一方、マイナス金利は域内の銀行が企業に貸し出しを行っていないことから、銀行がECBに余剰資金をECBに預け入れた場合、0.1%の手数料を課すことにより、企業への貸し出しによい効果が出てくることを期待しています。マイナス金利は611日から実施される予定です。

但し、米国の連銀や日本の日銀が実施している量的緩和策については、ドイツなどメンバー国の一部に依然反対があることで、見送りになりました。

6.ウクライナへのロシアの天然ガス供給停止およびEUと旧ソ連3か国との連合協定

67日にウクライナの大統領に就任して以降、ポロシェンコ新政権はロシア系住民が独立を決めたドネツクとルガンスクの東部州での武装勢力の排除に乗り出しましたが、それらの州で武装勢力はロシアからの支援を受けており、未だに成功していません。そうした状況の中で、ロシアの国営ガスプロムはウクライナが天然ガス供給に関する滞納金195千万ドルの支払い期限が切れたとして、16日にウクライナへのガス供給を停止しました。今回の問題はウクライナで新欧米派の政権が発足したことに伴い、ロシアがヤヌコビッチ前政権に約束していた割引価格を一方的に撤回してことが原因で、国内のガス需要の約半分をロシアに依存するウクライナには経済的な困難に直面しますが、当面は12月までは備蓄分を使えば最悪の事態は回避されると見られます。加えて、EUとの間で、EUがロシアから購入するガスの一部をウクライナが購入するとの話も進んでいるようです。

なお、18日にはポロシェンコ大統領が親ロシア派への武力行使を停止する一時的休戦と引き替えに、親ロシア派との話し合いに応じることを提案、親ロシア派も時間限定的でこれに応じることを回答、今月30日までの停戦期限の延長が決まりました。しかし、停戦合意にもかかわらず、和平への話し合いに進展がなかったことから、ポロシェンコ大統領は30日に停戦が終わったことを表明、今後再び両者の武力衝突が繰り返される恐れが出てきました。

一方、27日には、EUはウクライナ、グルジア、モルドバの旧ソ連3か国との間で包括的な協力の枠組みを定めた「連合協定」が締結されました。これにより、ウクライナなど3か国はEUとの自由貿易協定「FTA」などを通じて経済発展を目指すことになり、将来EUへの加盟に向けて大きく前進することになりました。但し、ロシア側の反発は強く、一時的には関税の引き上げなどの措置が導入される恐れがあります。いずれにしても、711日に行われるEU、ウクライナ、ロシアの3者会談の結果が注目されています。

7.イラクにおけるイスラム過激派の影響拡大

イスラム北部で大規模な軍事行動を続けるイスラム教スン二派の過激組織「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」は6月10日にイラク第2のモスルを制圧した後、ティークリートに侵攻、更にバクダットに90キロ近くまで迫っていることが伝えられました。います。ISISがイラクで勢力を伸ばしている背景には、現在のマリキ政権が2012年末に米軍がイラクから撤退した後、自らの出身母体で、イラク全体の60%を占めるシーア派を優遇、少数派のスン派の冷遇(当初、政権に参加していたスンニ派の副首相は国外逃亡)、スンニ派の不満が高まっていたことが挙げられます。本来、スンニ派内の最強硬派であるISISに反感を持つものも多く,スンニ派の有力部族が米軍に協力し、過激派を根拠地から追い出しました。しかし、2012年以降に隣国シリアで内戦が本格化すると、勢いを取り戻しイラクからシリア東部や北部に侵攻、当初は反アサドで同調していた反体制派とも対立し、紛争を始めました。これに対し、アルカイダの指導者サワヒリはシリア内にはアルカイダの別組織「ヌスラ戦線」が活躍していることから撤退を命じたものの、これを無視して活動を続け、現在はイラクでマリキ政権に反発するスンニ派の一部や地元の部族を取り込んで、北部や西部地域での支配を拡大、更にバイジにあるイラク最大の製油施設まで攻撃を続けています。また、29日にはバグダディ容疑者を「カリフ」とするイスラム国家樹立の宣言とともに、組織の名称も単なる「イスラム国」に改めました。

米国政府はイラクのマリキ政権から要請された無人機による過激派の拠点攻撃に対して、マリキ政権がスンニの穏健派やクルド族を含めた挙国一致の政権を確立することが前提であり、当面は300人程度の軍事顧問の派遣に留めるとしました。これにはシーア派に支えられたマリキ政権を支援すれば、イラク国内の他の宗派やスンニ派の影響が強いサウジアラビアなどの反発を呼び起こすことになり、そうした事態を極力避ける狙いがあるものとされます。現在、イラク国内でも今日の混乱を招いたマリキ首相への批判が高まっていますが、一方でマリキ政権は4月の総選挙で高い支持率を集めただけに、シーア派の支援を背景にして過激派との徹底した武力対決の姿勢を強めようとしています。いずれにしても、もしマリキ政権の強硬策が成功しない場合、イラク国内は南部がシーア派、西部と北部のスンニ派、北東部のクルド族に3分割される可能性が出てきているように思われます。
        (2014年7月1日:  村方 清)