1.12月の株式市場
12月の株式市場は原油先物相場下落の影響が続く中で、15-16日のFOMC会合でゼロ金利政策を転換し、0.25%の引き上げを行ないました。原油価格の影響は続いているものの、金融正常化の第一歩は大きな混乱なく推移しました。主要な動きは以下の通りでした。
12月1日:ISM 発表の11月米製造業景況感指数は前月比1.6%減の48.6%で、2009年6月以来の低さになったが、ヘルスケア株や販売好調な自動車株の大きな反騰や3日のECB理事会での追加緩和策への期待から、ダウ価格は168ドル高(0.95%増加)。
12月2日:原油先物相場が1バレル40ドルを割り込んだことで石油や素材株が売られたこと、イエレン議長の講演で改めて12月の利上げの可能性を示したこと、カリフォルニア州の銃撃事件などで投資家がリスクを避ける姿勢が強まり、159ドル安(0.89%減少)。
12月3日:ECBの追加金融緩和が小規模で欧州株が大幅下落、更にISM発表の非製造業景況感指数も前月比3.2%の低下で、投資家心理が悪化、252ドル安(1.42%減少)。
12月4日:米政府発表の11月雇用統計は非農業部門の雇用者数が前月比211,000人増で市場予想の200,000人を上回ったことで(失業率は5.0%で変わらず)、12月の利上げ確実性が高まり、金融政策の不透明感が少なくなったことで、370ドル高(2.12%増加)。
12月7日:原油先物相場の急落(一時、WTIで1バレル37.50ドル)で石油関連株が大きく売られたことや前週末の反動で利益確定売りが優勢で、117ドル安(0.66%減少)。
12月8日:原油先物相場の下落に加え(一時、WTIで1バレル36.64ドル)、中国の11月貿易統計が輸出入とも前年同月比を下回り、投資家の警戒感から、163ドル安(0.92%下落)。
12月11日:原油先物相場の下落が続き、エネルギー株が大きく下落、国債商品相場も下落基調で資源関連株も大きく下がり、世界景気の先行き不安から、310ドル安(1.76%減少)。
12月14日:原油先物相場が0.69ドル高の1バレル36.31ドルまで反発したため大手石油株が上昇、更に前週末の反動から多く株に買い戻しが優勢で、103ドル高(0.60%増加)。
12月15日:原油先物相場が大幅に上昇したことを受け、大手石油株だけでなく、金融やヘルスケアなど幅広い株式で買いが優勢となり、157ドル高(0.90%増加)。
12月16日:FOMCは景気回復が順調であるとの判断から、金融正常化の一歩として短期金利の誘導目標を0.25%引き上げることを決定したが、今後の利上げのペースは緩やかであるとの認識も示したことで、投資家の不透明感が薄らぎ、224ドル高(1.28%増加)。
12月17日:原油先物相場が一時1バレル35ドルを割るほど下落、更に利上げによるドル高からの米企業の業績懸念も重なり、253ドル安(1.43%減少)。
12月18日:原油先物相場の下落が続き、投資家心理が悪化、運用リスクを避ける動きが優勢で、367ドル安(2.12%減少)。
12月21日:原油先物相場は一時1バレル34ドルを下回ったものの、前週末までの2日間で620ドル下落したことの反発から買いが優勢で、123ドル高(0.72%増加)。
12月22日:7-9月期のGDP確定値が2.0%と小幅に下方修正されたものの、原油先物相場が上昇、相場の底入れとの期待も出て、166ドル高(0.96%増加)。
12月23日:原油先物相場が持ち直し、1バレル37ドル台を回復したことや年末前の節税対策としての売り圧力がピークを越えて需給バランスが改善、185ドル高(1.06%増加)。
12月29日:原油先物相場の上昇でネルギー関連株が買われ、193ドル高(1.10%増加)。
12月30日:原油先物相場の下落や欧州の株安から売りが優勢で、117ドル安(0.66%減少)。
12月31日:原油先物相場の下落や米経済指標の悪化から売りが優勢で、179ドル安(1.02%減少)。ダウは年間ベースで7年振りにマイナスの2.2%安。
2.米国の雇用状況
米労働省が12月4日に発表した11月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比211,000人の増加で、市場予想の200,000人増を上回りました。また、9月の雇用者数の確定値は145,000人で8,000人の増加、10月の改定値は298,000人で27,000人の増加となりました。この結果、雇用回復の目安とされる200,000人を2ヶ月連続で超えたことになりました。なお、8月の失業率は前月と同じく、5.0%でした。労働参加率は62.5%で、前月より0.1%上昇しました。また、フルタイムの職を見つけられず、パートタイムにある労働者を含めた広義の失業率は前月の9.8%から9.9%に上昇しました。
時間当たりの賃金上昇率は前月の0.4%増から0.2%増に留まりました。部門別で増加したのは建設業の46,000人、小売業の30,700人、ホワイヘルスケアの24,000人などで、逆に資源安が続く鉱山業は11,000人の減少となりました。米景気の回復が強く意識され、12月FOMCで利上げが見込まれているにもかかわらず、この日のダウ価格は370ドル上昇しました(一部には米国は主要な産業が製造業からサービスに移行しているので、ドル高の影響はそれほど大きくないのではないかとの見方もあります)。
3.ECB(欧州中銀)の金融緩和策拡大
12月3日にECB理事会は追加の金融緩和を実行することを決めました。内容的には域内の金融機関から国債などのユーロ建て債券を毎月600億ユーロのペースで購入している量的緩和策を2016年9月までから2017年3月まで延長しました。これに加えて、民間銀行がECBに余剰資金を預け入れた際に課す手数料(マイナス金利)を現行より0.1%上乗せし、マイナス0.3%としました。ECBとしては9月にインフレ率がマイナスになったことで、域内に流し込む資金量を増大させることで景気を支え、物価上昇に結びつけたいこと、さらに資金が企業や家計に行き渡ることで経済活動の活性化を図りたい意向と見られます。
しかしながら、今回の追加緩和の必要性についてはドラギ総裁等のECB執行部とワイトマン・ドイツ連邦銀行総裁等北部欧州との間で意見の違いがあったことも注目されます。米国や日本の例でも示されるように、量的緩和策を続けても経済活動の活性化や物価上昇には大きく結びつかないことは明らかであり、今回のドラギ総裁側の意図が何であるのかわからないところがあります。
4.金融正常化の第一歩を踏み出したFOMC会合の決定とその評価
12月15-16日にFOMCが開催されました。会合後の声明文は以下のような点を伝えました。米国経済は緩やかなペースで拡大しており、家計支出と民間設備投資は過去数ヶ月間堅調なペースで増加を続け、更に住宅市場も一段と改善している。一方、輸出は弱いままであるが、労働市場は雇用が継続的に拡大し、失業率も低下するなど改善が進んでいる。一方、インフレ率についてはエネルギー価格の低下とエネルギー以外の輸入価格の低下の影響もあり、FOMCの長期目標である2%を下回る水準で推移している。
FOMCは法律で定められた使命である雇用の最大化と物価安定の実現に努めており、金融政策の段階的な調整によって経済は引き続き緩やかなペースで拡大し、労働市場の指標も向上し続けると予想している。米国内と世界の進展を考慮に入れると、景気見通しと労働情勢に対するリスクは全般的に安定した状態にあると判断している。インフレ率も、労働市場が一段と改善するにつれ、中期的に2%に向かっていくものと予想している。
こうした状況を踏まえ、労働市場が著しく改善したと判断したことや物価も目標の2%に中期的に向かっていくと確信していることから、フェデラルファンド(FF)の誘導目標を0.25%-0.5%に引き上げることを決定した。引き上げ後も緩和的な金融政策は維持し、労働市場の更なる改善とインフレ率の2%に戻ることを支えるとしました。
なお、米国機間債と住宅担保証券の償還した元本を住宅ローン担保証券に再投資し、保有国債の償還金を入札で再投資する既存の政策を維持する。この政策はFF金利が通常の水準に戻るまで維持すると予測しました。
今回の決定は2008年12月から6年以上に渡って続けてきた事実上のゼロ金利政策を解除したことにありますが、イエレン議長も記者会見で、政策金利をゼロ近くに保持した異常な6年間の終わりを示すものとしました。その意味で、今回の決定は米国の金融正常化の第一歩と言えますが、本当に正常化が達成されるかどうかは今後の利上げのペースとFRBのバランスシートの縮小時期にあります。前者について、今回更新されたFOMC参加者17名による政策金利見通しでは中央値は2016年末時点で1.375%となっており1階の利上げ幅を0.25%とすれば、来年の利上げ回数は4回となります。一方、後者のバランスシートの圧縮についてはFF金利が通常の水準に戻るまで維持するとしており、バランスシートの圧縮は債券市場の混乱を避けるために、慎重に進める姿勢を示しています。
FOMC会合の声明文発表やイエレン議長の記者会見後、市場は今回の利上げ決定が織り込み済みであったことや今後の利上げペースが緩やかになるとの認識が得られたことで、幅広い銘柄に買いが広がり、16日のダウ平均価格は224ドルの上昇(1.28%増加)となりました。なお、17日以降2日間に渡って株式市場の大幅下落が続きましたが、これは連銀による金利引き上げの影響と言うより、原油先物相場で下落傾向が続いていることが主要な要因だと思われます。
今回の利上げは昨年末で終了した量的緩和策に続く米国の金融正常化への第一歩となるものですが、現在高値が続く株や不動産市場の状況からすれば、実行が遅れたように思われます。過度な金融緩和策は常に実体経済以上に株や不動産価格の高騰をもたらしますが、2008年のリーマンブラザース破綻に代表される今回の米国金融危機も発端はブッシュ政権の無理な持家拡大策を支援したグリーンスパン議長下の連銀の低金利政策による住宅不動産価格の高騰でした。それは行き過ぎた住宅モーゲージの証券化ビジネスを奨励させ、崩壊した時には住宅モーゲージ市場だけでなく、株式市場にも大きな打撃を与えました。その際にバーナンキ議長下の連銀が導入したのはゼロ金利政策に加えて、大規模な量的緩和策でしたが、その効果は資金実需が少ない実体経済よりは、過剰資金の影響が出やすい株や不動産市場の急激な回復に現れることになりました。しかし、それは一方で低金利を使った投機的な投資活動を活発化させ、実体経済と乖離した資産バブルの様相を起こしかねません。バーナンキ議長が量的緩和策の縮小を記者会見で伝えた2013年5月にはダウ価格はリーマン破綻前の水準まで戻しており、その時が縮小実行の最良の機会であったように思われます。縮小実行の遅れは米国の株価を一層押し上げることになりましたが、2014年末に量的緩和策が終了した以降は今日まで、実体経済と乖離した株価上昇の動きはようやく収まってきています。
2016年初め以降、米国経済が順調に推移すれば、何回かの金利引き上げが行なわれる予定です。金融正常化にとって最も重要なステップは連銀が抱える巨額な長期債権残高の減少であり、これが成し遂げられない限り、連銀は中央銀行の使命や機能を十分に果たせなくなります。イエレン議長下の連銀が今後の金利上昇が予想される環境の中で、今後長期債権をいかにして縮小させていくかが最大の課題になると思います。
5.OPEC総会と原油価格の下落
12月4日に開かれたOPEC総会は原油生産目標の設定を棚上げ、現行の高水準の生産を容認、当初期待されていた減産を見送りました。原油収入に依存する加盟国の財政状況は大変厳しく、ベネズエラなど一部の国は減産を要求したものの、シェールオイルの生産を減少させ、自国のシェアの確保を優先させたいサウジアラビアなどと対立し、合意は達成できませんでした。OPECのこれまでの目標は日量3000万バレルでしたが、10月の生産量は3138万バレルまで増加していました。
原油価格は昨年WTIベースで昨年7月まで1バレルが100ドルを越えていましたが、今回のOPEC総会の結果を受けて来年1月渡しで1バレルが40ドルを割り込み、12月21日には一時1バレルが34ドルを割り込むまで下落しました。今後についても、主要加盟国のイランが来春の欧米による経済制裁が解除されれば、現在の日量290万バレルを50万バレル引き上げる予定であること、さらにシェールオイルも稼動数を減らしても、一定量が確保できるほど技術革新が進み、原油安の影響を受けにくい構造になっていると言われています。また、米国での原油生産が拡大し、在庫が増加していることもあり、オバマ大統領は12月18日に米国からの原油輸出を可能にする法案に署名しています。 いずれにしても、現時点ではシェールオイルの減産を狙ったサウジアラビアの目的は達成されるような結果になっていません。逆に、サウジアラビアは減産をせずに価格安での生産を続けた結果、自国の財政赤字が拡大、国内での不満を抑えるために実行してきた無料の社会福祉政策の継続に支障をきたすのではないかとの懸念も出ています。
一方、需要サイドでは、従来大量の石油を輸入してきた中国経済が低迷、更に欧州でも景気の回復が遅れており、石油需要が一段と鈍化する傾向にあります。今のところ、こうした石油消費国の経済が急激に好転する見通しはありません。この点、現行の生産量が継続される限り、原油価格は一層下落、1バレルが30ドルを割る水準まで行く恐れが出ています(ゴールドマンサックスは最悪の場合として1バレル20ドルを予測)。その時点で、サウジアラビアの採算が取れるものか、あるいはシェールオイルの生産継続が可能なのかが、どちらの影響が大きいのかが、今後の原油価格の下落傾向の動きが見えてくるものと思います。しかしながら、同時に、原油価格が長期に渡って下落傾向が続くことを予想する専門家は殆どおらず、多くの専門家は2016年の第3四半期には1バレル51ドル、第4四半期には56ドルまで戻ることを予想しています。
なお、原油下落の影響は石油産業に留まらず、銅や鉄鉱石などの資源価格の下落にまで波及、オーストラリアやブラジルなどの資源国の通貨安をもたらしており、国際通貨の不安定要素を高めています。加えて、米国の高利回りジャンク債は2008年以降、連銀による超金融緩和策を続けられたことから、現在1.4兆ドルまで増加したと言われています。この内、約25%がエネルギー・素材関係で、原油や資源安の影響を受けて、サード・アベニューなどの米国のジャンク債の中には、清算したところも出てきています。
(2016年1月2日: 村方 清)
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