1月の株式市場はトランプ新大統領の経済政策(トランプノミクス)への期待から、20日の就任直後までは好調で、一時ダウ価格が史上初めて20,000ドルを超す状況になりました。しかし、その後、トランプ政権の保護主義的政策や移民規制などの措置が発表されると、
大きな下落調整が起きました。主要な動きは以下の通りでした。
1月3日:ISMの12月製造業景況感指数や11月の建設支出が市場予想を上回ったことで、投資家の米国景気への期待が高まり、ダウ価格は119ドル高(0.60%増加)。
1月4日:米景気の先行きへの楽観的な見方から、遅れが見られた消費関連株に買いが優勢で、60ドル高(0.30%増加)。
1月5日:米金利低下から金融株が売られたことや年末商戦の売り上げが低調だった小売株の一部も急落したため、43ドル安(0.21%減少)。
1月6日:米政府発表の12月雇用統計は非農業部門の雇用者数が前月比156,000人増で、市場予想の180,000人増を下回ったものの(失業率も4.7%に上昇)、11月の雇用数が大幅増で賃金上昇率も高かったことで、米景気拡大への期待から、65ドル高(0.32%増加)。
1月9日:原油先物相場が下落したことや金利が低下したことで、石油株や金融株が下落し、76ドル安(0.38%減少)。
1月11日:トランプ次期大統領の記者会見で一時大幅下落することもあったが、原油先物相場の上昇と企業業績回復への期待から、99ドル高(0.50%増加)。
1月12日:前日のトランプ次期大統領の記者会見により、アジアの欧州の株価指数が下落したことやトランプ氏の製薬会社の価格決定の仕組み批判で、63ドル安(0.32%減少)。
1月17日:トランプ次期大統領がドル高に懸念を示したことや議会共和党が検討している予算案を批判するなど、次期政権の政策の不透明感から、59ドル安(0.30%減少)。’
1月19日:20日のトランプ大統領の就任式を控え、持ち高調整や利益確定の売りが優勢で、
72ドル安(0.37%減少)。
1月20日:トランプ大統領の米国第一主義を繰り返す就任演説で伸び悩む状況があったが、米主要企業の業績改善への期待から、95ドル高(0.48%減少)。
1月23日:トランプ政権の政策展開が見通しにくいことで、目先の利益確定の売りが優勢で、27ドル安(0.14%減少)。
1月24日:IT株を中心に四半期決算が好調だった銘柄が買われ、113ドル高(0.57%増加)。
1月25日:米国主要企業の四半期業績が好調であることやトランプ政権の経済政策への期待から、156ドル高(0.78%増加)。ダウは史上初めて20,000ドル台を記録。
1月27日:16年10-12月期のGDPが前期比年率1.9%増で市場予想の2.2%に届かなったことや前日まで最高値を更新したから、利益確定の売りが優勢で、7ドル安(0.04%減少)。
1月30日:トランプ大統領が7か国のテロ懸念国からの入国を制限する大統領令に署名、米国内外で反発や混乱が広がり、売りが優勢で、123ドル安(0.61%減少)。
1月31日:エクソンモービルなど米主要企業の四半期業績が不調であったことやトランプラリーで大きく上昇したJPモルガンなどが大幅下落調整で、107ドル安(0.54%減少)。
2.米国の雇用状況
米労働省が1月6日に発表した12月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比156,000人の増加で、市場予想の180,000人増を少し下回りました。しかし、10月の雇用者数の確定値は135,000人で7,000人の減少、11月の改定値は204,000人で26,000人の増加で、合計として19,000人の増加となりました。この結果、過去3ヶ月間の雇用者の平均増加数は165,000人でしたが、完全雇用に近い水準であり堅調な増加と見られています。なお、12月の失業率は4.7%で0.1%悪化しました(広義の失業率は9.2%で0.1%の改善)。労働参加率は62.8%で、前月比0.1%増加しました。12月の時間当たり賃金上昇率は0.4%増加で、前年同期比で2.9%上昇となりました。部門別では製造業が過去4ヶ月間の減少から17,000人の増加で、小売業も6,000人の増加となりました。一方、建設業は過去3ヶ月間の増加から3,000人の減少となりました。
3.12月のFOMCの議事録要旨
1月4日に公表された12月のFOMC議事録要旨によれば、政策金利を0.25%引き上げたのは2大目標である雇用と物価について、前進を続けているという十分な証拠が得られたことで一致したとしています。また、次期政権の財政政策やその他の経済政策の時期、規模、内容によっては経済の不確実性があり、景気の上振れリスクが高まったと指摘しています。
同時に、ドル高や一部の海外諸国の金融面での脆弱性がもたらす下振れリスクにも注視が必要としました。
4.英国の単一市場離脱表明
英国のメイ首相は17日にEUからの離脱について、部分的な加盟は目指さないとして、新しいパートナーシップを求めることを明言しました。英国与党内では移民規制を優先し、単一市場へのアクセスを犠牲にしてもよいとするハード・ブレグジット派と単一市場へのアクセス維持を最優先させるソフト・ブレグジット派の対立がありましたが、今回の決定はハード・ブレグジットを選んだことになります。しかしながら、メイ首相が目指す英国に有利な新たな自由貿易協定が締結できるかは現時点では全く不透明です。もし、EUが英国に安易に妥協すれば、現在のEUメンバーの中にも、同じような離脱を目指す国が出ることにもなりかねず、EIとしてはそうした動きを防ぐためには、強い態度で英国との交渉に臨むことになると見られます。なお、24日に英国の最高裁はEUからの離脱通知には英国議会の承認が必要との判決を下しました。これによりメイ、労働党を中心に野党に反対の多いEU単一市場離脱について、当面議会対策を本格化させる必要が出てきました。
5.トランプ新政権の米国第一主義(具体的成果を求める米国優先の保護主義)
1月20日に第45代米国大統領に就任したトランプ氏は選挙戦で訴えた米国第一主義を進めて、貿易、税制、移民、外交に関するあらゆる決定は米国の労働者や家族の利益になるようにすると宣言しました。また、過去何十年間も、米国は自国の産業を犠牲にして、外国の産業を潤してきたと過去の過ちを強調、今後は新しいビジョンの下に、米国製品を買い、米国人を養うという2つのルールを通じて、強い米国を再生するとしました。また、今回の政権交代はワシントンから米国民に権力を移すことにあるとも強調しました。そして、翌日にはカナダやメキシコとの間で進めてきたNAFTAの見直しを宣言、23日にはTPPへの永久離脱の大統領令に署名、今後は二国間㋔FTA交渉に移すことを表明しました。
トランプ新大統領の就任演説は彼の選挙公約であったロストベルトの白人工場労働者の雇用増加のために、国内の製造業の復活を目指したもので、このためには規制緩和と税制優遇を行うとするものです。この背景には米国が中国や日本との貿易収支で其々約3500億ドルや700億ドルの巨額な貿易赤字を抱えていることに対して相手国への大きな不満があり、この問題の解決には2国間のFTA交渉が不可欠との判断があると見られています。しかしながら、米国の鉄鋼業や自動車産業など労働集約的産業の競争力の低下は産業の進化に必要な技術移転が国境を越えて進む中で、米国と他の国々との労賃の違いが最大の要因となっています。そうした労賃の違いを無視して、米国での生産を増産しようとすれば、米国の国際競争力を一層低下させ、かつ最終的に米国消費者により大きな負担を強いることを軽視しているように思います。加えて、批判を受けた貿易相手国からの輸入に高い関税を課ければ、米国からの輸出についても相手国からの高い関税を課けられ、相互間の貿易が縮小していく事態になりかねません。
共和党の予備選挙から、トランプ大統領の主張を聞いてきて、国の発展に伴う製造業からサービス産業へのシフトといった産業構造の転換についてどの程度十分な知識があるのかに疑問を持たせるものです。同時に、米国の国内の市場が成熟化すれば、経済成長の高い海外市場を求め、生産体制をコストの低い地域に移すことも経済的合理性に合致しているグローバル化や自由貿易の利点について過小評価しているように思われます。大衆扇動家として、ロストベルトの白人労働者の支持を得るべく、政府による保護主義で、もはや成長産業と言えないタイプの製造業の復活を図ろうとするこ試みは米国だけでなく、世界経済の健全な発展にとっても大きな障害になってくるものと思われます。
(2017年2月1日: 村方 清)