Friday, September 1, 2017

内外の政治的混乱と米国市場の一時的不安定性













 
1.8月の株式市場
8月の株式市場は当初ダウ平均価格が史上初めて22,000ドルを超えるなど上昇基調にありました。しかし、その後核ミサイルの実践配備計画を進める北朝鮮との緊張関係の高まりやバージニア州の事件でのトランプ大統領の不適切な発言に起因する政治的混乱によって、一時的に不安定さを高めました(但し、8月のダウ平均は月間ベースで0.28%上昇)。主要な動きは以下の通りでした。

81日:金融機関の規制緩和の動きや米サプライマネジメント協会(ISM)の7月製造業景況感指数は56.350を超えたことなどで、ダウ平均は73ドル高(0.33%増加)。
82日:四半期業績が好調であったアップルが5% の大幅上昇で、52ドル高(0.24%増加)。
84日:米政府発表の7月雇用統計は非農業部門の雇用者数が前月比209,000人増で、市場予想の180,000人増を上回り(失業率も4.3%に改善)、長期金利の上昇による金融株への投資家の積極的な買いもあり、67ドル高(0.30%増加)。
87日:四半期決算が好調であったアップルやボーイングが大きく上昇、26ドル高(0.12%増加)。
88日:北朝鮮情勢の警戒に加えて、9日連続で最高値を更新したことで、利益確定の売りが優勢であったことから、33ドル安(0.15%減少)。
89日:北朝鮮と米国の軍事衝突への警戒感や長期金利低下で金融株が売られ、37ドル安(0.17%減少)。
810日:北朝鮮と米国との軍事衝突への警戒感の高まりで、金融株やハイテク株を中心に多くの銘柄が売られ、205ドル安(0.93%減少)。7営業振りに22,000ドル台を割り込む。
811日:前日の200ドル強の下落の反動で、アップル等に買いが入り、14ドル高(0.07%増加)。
814日:北朝鮮問題をめぐり、米政府の高官から外交による解決を図りたいとの発言が相次いだことで、投資家心理が改善し、135ドル高(0.62%増加)。
816日:7256日のFOM会合の議事録が公表され、緩和的な金融政策が長期化するとの見方が広がり、26ドル高(0.12%増加)。
817日:バージニア州の事件で白人至上主義団体を擁護したと受け止めらるトランプ大統領の発言で、主要企業トップの離脱が相次ぐ2つの助言機関の解散など政治的な混乱が続いていることやスペインのテロ事件の影響もあり、274ドル安(1.24%減少)。下落幅は517日以来3カ月振り。
818日:バノン首席戦略官の更迭などトランプ政権の先行きに対する警戒感が根強いことやスポーツ用品大手のフットロッカーやナイキへの業績懸念などから、76ドル安(0.35%減少)。
821日:相場下落の反動で短期的な戻りがあったものの、上値は重く、29ドル高(0.13%増加)。
822日:前日までの下げが続いたハイテク株が買戻しがあったことや長期金利の上昇で金融株が買われるなどで、196ドル高(0.99%増加)。
823日:トランプ大統領がメキシコ国境沿いの壁予算が講じられない場合、政府機関の閉鎖も辞さないなど、政府運営の不透明感が意識され、88ドル安(0.40%減少)。
824日:議会に反対が強いトランプ政権の壁建設のための歳出法案や連邦政府の債務上限問題の対応をめぐる不透明感の重荷となり、29ドル安(0.13%減少)。
825日:トランプ政権の税制改革推進への期待から、30ドル高(0.14%増加)。
828日:ハリケーン「ハービー」が米国の経済や企業業績に与える影響を見極めたいとする市場関係者が多く、5ドル安(0.02%減少)。
829日:北朝鮮のミサイル発射を受けて一時は売りが拡大したが、その後、北朝鮮とは軍事衝突までには至らないとの楽観的な見方が多くなり、57ドル高(0.26%増加)。
830日:北朝鮮などの地政学リスクへの過度な警戒感が後退し、ハイテク株や金融株に買いが入り、27ドル高(0.12%増加)。
831日:7月の米個人消費支出の上昇率は前年同月比1.4%で201512月以来の低さで、FRBの利上げベースが鈍らせるとの見方が広がり、56ドル高(0.25%増加)。
 
2.米国の雇用状況
米労働省が84日に発表した7月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比209,000人の増加で、市場予想の180,000人増を上回りました。5月の雇用者数の確定値は145,000人で7,000人の減少、6月の改定値は231,000人で9,000人の増加、合計として2,000人の増加となりました。この結果、過去3ヶ月間の雇用者の平均増加数は195,000人で、引き続き好調さの目安とされた200,000人に近い水準を維持しました。なお、1月の失業率は4.3%で、0.1%改善しました(広義の失業率も8.6%で変わらず)。労働参加率は62.9%で、前月より0.1%増加しました。7月の時間当たり賃金上昇率は前月比0.3%増加で、前年同月比では2.5%増と同じ水準でした。部門別では製造業が16,000人の増加、建設業も6,000人の増加となりました。一方、小売業が900人の増加に留まりました。
 
3.7月のFOMC会合
816日に、72526日に開催されたFOMC会合の議事要旨が公表されました。それによれば、多くの参加者が、インフレ率は現在の予想よりも長い間FTBが目標とする2%を下回り続ける可能性があると見ています。このため、一部の参加者はインフレの低迷が続かないことを経済指標で確認できるまで追加利上げをすべきでないと主張しています。一方、FRBが保有する資産の縮小開始時期については、何人かは7月の会合で開始時期を発表できるとの見方を示したが、大半は9月の次期会合まで決断を延ばしたとしています。

FOMCが緩和的な金融政策を維持するとの市場の期待から、16日のダウは26ドル高となりました。
 
4.北朝鮮問題の長期化と市場の不安定さ
810日の米国市場は北朝鮮が米国領グアム周辺にミサイル発射計画の発表したこと及びトランプ大統領が8日の北朝鮮への警告は不十分と発言したことから、両国間の軍事衝突への警戒感が強まり、ダウ平均価格は205ドルの大幅下落となりました。従来、北朝鮮の行動に対する市場の反応は鈍く、74日の弾道ミサイル発射や728日のミサイル発射でも、限定した動きしか見られませんでした。今回、市場が大きく反応したのは北朝鮮が攻撃対象としてグアムという具体的な名前を出したこと、トランプ大統領がオバマケアの全面的な見直しなどが行き詰まったことから、強硬策に出るのではないかと見方が大きくなったことによります。
 
北朝鮮問題の難しさは、米国や日本など主要国及び国連などによる度重なる経済制裁の強化にも拘わらず、大陸間弾道ミサイルの実践配備とミサイに搭載可能な小型核弾頭の生産に向かって着実に進んでいると見られることです(最近のニュースでは、ロシアのロケットエンジンを生産していたウクライナの国営企業「ユズマン」が、2014年のウクライナ危機で経営難となり、そこから闇市場を通じて、エンジンと技術者が北朝鮮に流れたとの可能性が指摘されています)。加えて、既存体制維持の保証を求めている北朝鮮の金正恩委員長には、体制維持の保証が確約されても核ミサイルの実践配備計画を放棄するという意図はないであろうと思われることです。更に、北朝鮮の金正恩委員長は中国とのパイプ役であった叔父の張成沢が中国政府と図って長兄の金正男を擁立する動きを察知して以来(2名とも処分)、中国への警戒心を持ち続けており、中国に対する独立的な地位を確保するたにも、核ミサイルの実戦配備が必要としている見方もあります。
 
一方、北朝鮮が唯一の交渉相手と見なす米国では外交・軍事の両面で全く経験のないトランプ大統領が今年1月に就任して以降、どのような手段をとるのか全く予想がつかない状況にあります。従来であれば、これらの分野を担当する国務省や国防省の幹部が専門家の立場から大統領に進言して、大統領もそれらの意見を聞きながら、適切な決定を下していたものが、現在は両省の幹部ポストの多くは国務長官や国防長官などトップを除けば空席で、ホワイトハウスのマクマスター安全保障首席補佐官などの限られたスタッフから意見を聞くしかない状況にあることです。更に、トランプ大統領は専門家の意見を聞くより、自らの独自の判断で決めてしまうことも多く、実際に適用できないような措置の発言を述べてしまうという問題があることです。いずれにしても、当面、北朝鮮問題は米国市場の不安定化要因になっていくものと見られています(829日早朝に日本の北海道沖に新型中距離弾道ミサイルが発射されました)。
 
5.バノン首席戦略官解任に伴う今後のトランプ政権の不透明さ
818日にトランプ政権誕生に最も貢献した右翼系のオンラインニュースサイト「ブライトバート・ニュース」の最高責任者で、トランプ政権の排他的な米国第一主義を指導したバノン首席戦略官が解任されました。ホワイトハウス内で、米国第一主義の下で保護貿易主義や排他的な移民主義を主張するバノン氏と自由貿易・国際協調を重視するコーン国家経済会議委員長やトランプ大統領の娘イバンカ氏とその夫、クシュナー上級顧問の対立は大きく、加えて外交・安全保障問題でもバノン氏とマクマスター安全問題担当首席補佐官との対立も深まっていました。こうした状況の中で、ホワイトハウス内部の秩序を重視するケリー新首席補佐官の進言で、トランプ大統領はバノン氏の解任を決定したとされています。
 
バノン氏が解任された後、21日にトランプ大統領はバノン氏が強く主張していたアフガニスタンからの早期撤廃を否定、マクマスター補佐官やマティス国防長官が主張した残留・増派の戦略計画を発表しました。これに対して、バノン氏が復帰したブライトバート・ニュースはトランプ政権の政策を日和見主義と批判する記事を掲載しています。
 
今回のバノン氏の解任は今後のトランプ政権にとって、予想以上の混乱を引き起こす恐れがあります。第一に既にプリーバス前首席補佐官やスパイサ前大統領報道官等の共和党主流派に近い幹部がホワイトハウスを去り、クルス上院議員や下院Freedom Caucusなど共和党の超保守派グループと繋がりが深いバノン氏が今回去ったことで、今後の政策運営をめぐりトランプ政権と与党共和党との関係に大きな懸念が生じていることです。更に、バノン氏の後ろ盾であり、2016年の大統領選挙で最大の資金提供者であるヘッジファンドのオーナーであるロバート・マーサ氏がバノン氏がホワイトハウスを去る前に長時間の会談をし、バノン氏に全面的な協力を約束していることです。ブライトバートの最高責任者に戻ったバノン氏がホワイトハウスに残っている国際協調派を徹底的に批判してくることが予想されます(ブライトバートが従来から共和党のエスタブリッシュメントとされるライアン下院議長を強く批判してきたこともよく知られています)。
 
更に、822日の夜にトランプ大統領はアリゾナ州フェニックスの演説で、9月末までにメキシコとの国境沿いに壁を建設するための費用約16億ドルを予算に織り込まなければ、政府機関を閉鎖しなければならないと発言しました。本来、トランプ大統領の選挙公約は壁の建設費用はメキシコ政府に支払わせるというものでしたが、それが困難であることを判明すると米国民の税金を使って壁を建設するという政策に変えてしまいました。トランプ大統領の発言には野党の民主党のみならず、与党の共和党内部からも批判が出ており、それが議会で承認されると思いませんが、もし、9月末までに歳出法案が成立しなければ、政府機関が閉鎖される恐れがあります。加えて、米債務上限の引き上げが10月中旬までに承認されなければ、米政府の債務不履行となる恐れもあり、株式市場もその影響を意識するようになっています。
                (201791日: 村方 清)