Sunday, July 1, 2018

トランプ大統領が作り出すリスクと市場の不安定化













16月の株式市場
6月の株式市場は前半期が長期金利や原油先物相場の上昇で株価の回復が目立ちました。しかし、後半期は対米貿易黒字国を対象とするトランプ政権の関税措置の強化策による貿易摩擦問題への懸念から、ダウ価格は612日から8日間連続下落の約860ドル低下となり、市場の不安定化が高まりました。主要な動きは以下の通りでした。

61日:5月雇用統計で雇用者増加数が223,000人増で市場予想の190,000人増を上回ったこと(失業率は3.8%に低下)、更に週前半のイタリアの政治混乱が一時的に収まったことから、買いが優勢で、ダウは219ドル高(0.90%増加)。
64日:アジアや欧州の主要株価指数が上昇したことに伴い、幅広い銘柄に買いが入ったことやIT株関連でアマゾンやネットフリックスなどが高値を更新、178ドル高(0.72%増加)。
65日:米通商政策やイタリアの財政問題の懸念から売りが優勢で、14ドル安(0.06%減少)。
66日:欧州中銀の金融政策の正常化の観測から、米長期金利が上昇し、金融株を中心に買いが優勢で、346ドル高(1.40%増加)。
67日:原油先物相場の上昇で石油株が買われたことやリストラが評価されたマクドナルドの買いが優勢で、95ドル高(0.38%増加)。
68日:カナダでの主要国首脳会議で対立が鮮明になり警戒感が増したが、割安感から資金が流入したプラクターアンドギャンブルなどが買われ、75ドル高(0.30%増加)。
611日:米朝首脳会談やFOMC会合を控えて、様子見ムードが強く、6ドル高(0.02%増加)。
612日:13日のFOMC会合を控えて、様子見ムードが強く、2ドル安(0.01%減少)。
613日:FOMC会合で年内の利上げが更に2回想定されたことへの警戒感と米中貿易摩擦問題への懸念から、120ドル安(0.49%減少)。
614日:米長期金利の低下で金融株が売られ、米中貿易摩擦の警戒心もあり、26ドル安(0.10%減少)。
615日:トランプ政権が中国製品への追加関税の発動を発表したが、中国政府も米国製品に同額の報復関税を課すと発表、米中貿易摩擦の懸念から、85ドル安(0.34%減少)。
618日:米中貿易摩擦への懸念から、103ドル安(0.41%減少)。
619日:米中貿易摩擦の対立が強まり、中国事業の比率が高い銘柄を中心に下げが広がり、287ドル安(1.15%減少)。
620日:米中貿易摩擦問題への警戒感とパウエル連銀議長の利上げ継続発言で、株価は重荷となり、42ドル安(0.17%減少)。
621日:世界貿易摩擦への警戒感が強まり、先行き不透明感から、196ドル安(0.80%減少)。
622日:OPEC総会で昨年からの協調減産を7月から辞めることで合意、米中貿易摩擦の警戒感も一時的に後退し、119ドル高(0.49%増加)。
625日:米中貿易摩擦が中国資本が25%以上の企業の対米投資制限やIT技術規制の強化といった中国企業の投資制限にも及ぶとの報道から、328ドル安(1.33%減少)。
626日:前日大きく下げた反動と、原油先物相場が上昇し、30ドル高(0.12%増加)。
627日:中国への投資規制制限に関連してトランプ大統領が対米外国投資員会(CFIUS)を活用する考えを表明、一時買いが優勢となったが、その後再び懸念が広がり、166ドル安(0.68%減少)。
628日:前日に2カ月ぶりの安値を付けた反動で、これまで売り込まれていた銘柄に自律的な
反発を見込んだ買いが入り、金融やIT株を中心に上昇、98ドル高(0.41%増加)。
629日:四半期業績が好調であったナイキが急伸、原油先物相場も上昇し石油株も買われたものの、貿易摩擦問題への警戒感も強く、55ドル高(0.23%増加)。月間でダウは0.59%下落。

 
2.米国の雇用状況
米労働省が61日に発表した5月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比223,000人の増加で、市場予想の190,000人増を上回りました。3月の雇用者数の確定値は155,000人で20,000人の増加、4月の改定値は159,000人で5,000人の減少となりました。今回の結果を踏まえた過去3カ月間の雇用者平均増加数は179,000人で、好調の目安とされる平均増加数の200,000人を下回りました。なお、2月の失業率は3.8 %で、前月から0.1%改善しました。労働参加率は62.7%で、前月より0.1%減少しました。1月の時間当たり賃金上昇率は前月比8セント増加で、前年同月比では2.7%増となりました。部門別では小売業が31,000人の増加、ヘルスケアが29,000人の増加、建設業が25,000人の増加、製造業が18,000人の増加となりました。

 
3.FOMC会合と金利引き上げ
FOMC会合が61213日に開催され、会合後の声明要旨で以下のようなことが伝えられました。前回5月のFOMC会合後に得た情報によれば、労働市場は引き続き力強さを増し、経済活動は堅調なペースで拡大した。雇用増はここ数か月間平均すると力強く、失業率は低下した。家計支出の伸びが上向き、企業の設備投資は引き続拡大を続けたことになる。全般的なインフレ率及びエネルギーと食品を除くインフレ率はいずれも、前年同期比で2%に近づいてきた。長期のインフレ予想を示す指標は総じてあまり変わっていない。

法律で定められた使命を達成するため、FOMCは雇用の最大化とインフレ率の安定に努める。FOMCはフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標レンジをさらに段階的に引き上げることは持続的な経済成長、力強い労働市場の情勢、中期的に目標の2%前後付近のインフレ率と整合すると予測している。景気見通しのリスクはほぼ均衡してきているようだ。

FOMCでは労働市場の情勢とインフレ率の実績と見通しを踏まえ、フェデラルファンド(FF)金利の誘導目標レンジを1.752.00%に引き上げることを決定した。緩和的な金融政策は維持し、力強い労働市場及びインフレ率の2%への持続的回帰を支える。
FF金利の誘導目標を調整する今後の時期と規模を判断するにあたって、FOMCは雇用の最大化とインフレ上昇率2%という目標との比較で経済情勢との実績と見通しを評価していく。労働市場状況に関する指標、インフレ圧力、インフレ予想の指標、金融動向や国際情勢を含めた幅広い情報を考慮して判断していく。

今回の決定はパウエル議長やダドリー副議長を含む8人のメンバーの賛成による。
連銀は13日のFOMC会合で3カ月ぶりの利上げを決定、更に年内2回の追加利上げのシナリオを示しました。この背景には、FRBが重視する消費支出物価指数が3月と4月ともに2.0%を上回ったことがあげられます。また、今後も181012月のインフレ率が2.1%と目標を上回って推移すると予測していることがあります。また、失業率が18年振りの低水準となり、経済成長率も1.8%の潜在成長率を上回って高い伸びが続くと見ています。こうしたことが18年の利上げ回数を今年3月に想定した年3回から今回の年4回ペースに加速するシナリオに変えた理由とされています。

 
4.トランプ大統領が作り出すリスクの拡大
これまで公務の経験が全くなく、また、ビジネスマンとしても5回以上の破産を繰り返すなど能力があるとは言えないトランプ大統領の米国のリーダーとしての危うさは大統領就任後に何度も見られました。トランプ大統領が作り出した最大のリスクは昨年12月に成立した大規模減税(トランプ減税)でした。これに関連して、626日に議会予算局が発表した予測によれば、現在の15兆ドルの赤字額が10年後には2.3兆ドルの増加となり、GDPと同規模になり、米国経済の深刻な影響を与えることになるとしています。それに加え、今回は西側首脳7か国が集まるカナダのケベックでのG7首脳会議、シンガポールでの米朝首脳会談、米中貿易摩擦問題で彼の危うさが際立つ形で現れることになりました。

    (A)    G7会合の決裂
69日までカナダのケベック市で開催された主要7か国首脳会議は、トランプ政権による鉄鋼・アルミニウムへの輸入関税をめぐって、米国と他の国々との意見の対立が続き、合意文書の取りまとめは難航しました。最後に、ルールに基づく国際秩序を推進、自由、公平で相互に利益になる貿易と投資は成長と雇用創出の主要原動力であることを確認、関税障壁、非関税障壁の削減に向けて努力すると宣言しました。しかし、合意文書を発表した主催国のカナダのトルドー首相がトランプ政権が国家安全保障を理由に鉄鋼・アルミ製品に関税を課すのは無理があり、カナダは71日に報復関税を発動しました。これに対し、トランプ大統領はシンガポールに向かう飛行機で自動車関税を発動するので、宣言を承認しないように指示しました。

これまで、先進主要の首脳が集まり、世界の主要な問題の解決策を求めて議論してきたG7ですが、米国第一主義のトランプ大統領が米国のリーダーとなって以来、懸念された事態がここに来て現実化することになりました。
 
B)米朝首脳会談の合意は北朝鮮ペース
北朝鮮の非核化に向かって多大の期待をもって実行された米朝首脳会談は、両首脳による共同声明文を見る限り、当初トランプ政権が約束していた完全で検証かつ不可逆的な非核化とは程遠いものになりました。両首脳が共同声明で述べたのは、韓国と北朝鮮が427日に確認した板門店合意をか確認し、朝鮮半島における完全な非核化に向かって努力することを約束したもので、2005年の6カカ国協議で合意したのは北朝鮮の全ての核兵器と既存の核兵器の放棄とは著しい内容となりました。また、非核化のプロセスも、早期の完全な非核化ではなく、北朝鮮が従来から主張する段階別な非核化となりました(事実上の核保有容認に近いもの)

更に、北朝鮮が要求した体制の保証についても、トランプ大統領が韓国と米国による共同軍事行動の中止も前向きに検討するという形になりました。

交渉が得意と公言してきたトランプ大統領が、これほどまでに北朝鮮のペースになってしまったのは
トランプ大統領が今回の米朝首脳会談を11月の中間選挙を意識して自らの支持を広げるための手段として位置付けたため、相手側の要求を多く受け入れて両首脳の合意達成との形式に捉われてしまったことが大きいと思います。

今後懸念されるのは、合意内容が北朝鮮の非核化ではなく、朝鮮半島の非核化となったことにより、北朝鮮はこれまで以上により時間をかけられること、米国のイニシアチブで取られた国連の北朝鮮に対する経済制裁が中国(あるいは韓国)を通じて、形骸化する恐れがあることです。外交経験が皆無でありながら、事務方による深い検討や助言もなく、トップダウンで行ったトランプ大統領のお粗末さが事態を悪化させかねない危険を抱え込んだように思われます。

   (C)  米中貿易摩擦問題の深刻化
トランプ政権は615日、中国による知的財産権侵害に対抗して、対中制裁措置を発動することを発表しました。ハイテク商品を中心に1102品目、合計500億ドル相当の中国からの輸入品に25%の追加関税を適用する内容です(第1段階として76日に818品目、約340億ドルを、第2段階で284品目、約160億ドルを対象)。トランプ大統領は声明文の中で、中国の知的財産権侵害や米国企業への技術移転強要を非難し、米中の貿易関係は長期に渡って不公平であり、これ以上は続けられないこと、もし中国が報復措置に出れば、追加的な措置を検討するとの方針を明らかにしました。

これに対し、中国側は商務省の報道官が、中国側は米国との貿易戦争を起こしたくないが、米国の目先に捉われた行為に対しては強力な反撃手段を加えざるを得ないとして、米国と同規模、同程度の追加関税措置を取り、従来合意した内容は無効になるとしました。

こうした深刻化する米中貿易摩擦問題は、対中国との取引が大きなボーイング社やキャタピラー社のへの懸念となって現れ、両者の株価は大きく下落することになりました。ダウ全体でも、613日以降8日連続で下落、下落幅も860ドルの大きなものとなりました。

トランプ政権が中国との間の約3500憶ドルといわれる巨額貿易赤字や中国企業による知的財産権侵害を米国のような先進資本主義国の大きなの経済問題とするのは理解できる側面もあるものの、それへの解決策が米国第一主義の名のもとに中国からの輸入品に対する大幅な追加関税というのは間違っていると思われます。グローバル化の進展によって、世界経済が密接に関係している状況の中で、トランプ大統領の時代遅れの重商主義ともいえる関税を使った保護貿易政策は相互の応酬が強まるだけで、問題を一層悪化させていくだけと思われます。

中国が今日のように商品貿易で先進国との間で巨額の輸出黒字を作り出すようになったのは、中国側の巧妙な外資導入策だけでなく、欧米日の企業が中国の安価な労働力を求めて、激しく競い合って進出してきたという経緯があります。それは先進国企業にとって競争力のある完成品を作るには、部品供給の面で中国企業による生産が不可欠というグローバルな構造を生み出してしまいました。更に、深刻なのは強権的な共産党独裁国家で、国による産業育成を主要な目標をしてきている中国に進出すれば、それは市場競争ルールが通用しない強力なライバル企業の台頭となってくるのも時間の問題だったはずです。その意味で、現在の米中の貿易摩擦問題は、米中間の問題に留まらず、ベルリンの壁が破られた事件に象徴される冷戦体制の崩壊以降の経済のグローバル化が中国のような共産党支配の独裁体制国家に対しても、政治的な抑制をすることなく拡大させてしまった結果ではないかと思われます。この点、グローバル化が政治体制を超えて世界経済を組み込んだことの経済・政治的意味や影響を冷静に分析し、今後のあり方を改めて考える時期に来ているように思います。
             (201871日: 村方 清)