Sunday, December 1, 2019

米中貿易協議進展への過大な期待に影響された市場


 









 
 
111月の株式市場
11月の株式市場は米中貿易協議の進展を過大に期待する投資家の反応から、上昇基調となりました。しかし、月末にかけて、米国で香港人権・民主主義法案が成立したことで、不透明感が出てきました。主要な動きは以下の通りでした。

111日:10月の米雇用統計は雇用者増加数が128,000人増で、市場予想の90,000人増を上回り(失業率は3.6%で前月より0.1%増加)、過去2か月分の雇用者数が上方修正されたこともあり、ハイテクや金融株を中心に買いが入り、301ドル高(1.11%増加)。
114日:米中貿易協議が進展するとの期待から、中国売上高が高い銘柄を中心に買いが優勢で、115ドル高(0.42%増加)。
115日:米中貿易協議の進展への期待感とISM10月非製造業景況感指数が54.7と市場予想を上回ったことから、買いが優勢で、31ドル高(0.11%増加)
116日:米中首脳会談が当初予定の11月から12月に延期されるとの報道が伝えられ、スリーエム等の中国売上比率が高い銘柄が売られたが、下げ幅は限定的で、7ドル安(0.00%減少)。
117日:中国政府が発動済みの追加関税を段階的に撤廃する方針で米国と一致したと発表し、米中合意への期待が高まり、買いが優勢で、182ドル高(0.66%増加)
118日:トランプ大統領が追加関税の段階的撤廃で合意したとの中国政府の発表を否定し、米中貿易の不透明感から売りが先行、引きにかけて上げに転じ、6ドル安(0.02%増加)
119日:香港情勢の警戒感から、売りが先行したものの、ボーイングなどに買いが出て、10ドル高(0.04%増加)。
1112日:連日の過去最高値更新による目先の利益確定売りと米中貿易協議の合意による株高への期待が交錯して、横ばいの取引で終了した
1113日:パウエル連銀議長が議会証言で金融政策は現状が適切と答えたことから、低金利が続くの見方が強まり、92ドウ高(0.33%増加)。
1114日:連日の高値更新から過熱感を警戒した売りが出た一方、米中貿易交渉を見極めたいとの見方も出て、2ドル安(0.01%減少)
1115日:クドロー米国家経済会議委員長が米中協議について合意に近づいていると発言したことで、中国貿易比率が高い銘柄が買われ、223ドル高(0.80%増加)
1118日:米中貿易協議の行方を見極めたいとして方向感に乏しかったが、業績期待の大きなディズニーやユナイテッドヘルスなどが買われ、31ドル高(お。11%増加)。
1119日:連日の過去最高値更新から、高値警戒感による買い控えムードが強まったことやホームデポの四半期業績不振もあり、102ドル安(0.36%減少)
1120日:米中貿易協議の進展が難航しているとの報道が相次ぎ、投資家心理が悪化、中国関連銘柄を中心に売りが広がり、113ドル安(0.40%減少)。
1121日:香港の民主主義を支援する米国議会の法案にトランプ大統領が署名するとの観測で、それに反発する中国側の反応から米中貿易協議の不透明感が高まり、55ドル安(0.20%減少)
1122日:米中貿易協議に関する米中首脳の前向きな発言が伝わり、中国関連株を中心に買いが優勢で、109ドル高(0.39%増加)。
1125日:中国政府が知的財産権の侵害に対する罰則を強化すると発表し、米中貿易協議が進むとの見方から、アップルなど中国銘柄の買いが広がり、191ドル高(0.68%増加)。
1126日:米中貿易協議の進展への期待とマクドナルドやホームデポなど小売業の好決算を受けて、年末商戦での個人消費の期待から、55ドル高(0.20%増加)
1127日:米中貿易協議の進展期待と10月の米耐久財受注額が前月比0.6%増と市場予想を上回って増加し、米景気の拡大基調から投資家心理が改善して、42ドル高(0.15%増加)。
1129日:トランプ大統領が27日夕に香港人権・民主主義法案に署名したことへの中国側の反発から、米中貿易協議への悪影響を懸念して、利益確定売りが優勢で、113ドル安(0.40%減少)。

 
2.米国の雇用状況
米労働省が111日に発表した10月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比128,000人の増加で、市場予想の90,000人増を上回りました。8月の雇用者数の確定値は168,000人で51,000人の増加、9月の改定値は180,000人で44,000人の増加となりました。今回の結果を踏まえた過去3カ月間の雇用者平均増加数は約176,000人で、好調の目安とされる平均増加数の200,000人を下回りました。なお、10月の失業率は3.6%で、前月より0.1ポイント悪化しました。労働参加率は63.3 %で、前月より0.1%上昇しました。10月の時間当たり賃金上昇率は前月比で6セント上昇し、前年同月比では3.0%増となりました。部門別では飲食業が48,000人の増加、ソーシャルサービスが20,000人の増加、専門・ビジネスサービス業が22,000人の増加、ヘルスケア業が15,000人の増加となりましたが、製造業は36,000人の減少となりました。

 
. 米中貿易協議に影響を与える米弾劾公聴会と香港人権問題
101011日の米中閣僚級会議で部分合意に達し、当初は11月にチリで予定されているAPEC首脳会議で合意文書に署名する可能性があると見られた貿易協議が、チリ政府が内政混乱を理由にAPEC会議の取り消しを発表して以来、不透明な状況となっています。その理由は10月の合意が中国による米国農産物の輸入拡大や金融サービスの開放など双方が合意しやすいものであり、トランプ政権が強く要求してきた中国政府の過剰な補助金や国有企業への優遇措置など中国の国家資本主義の本質にかかわるものは先送りされた経緯があることです。

それに加えて、米国と中国各々の内政面で深刻な問題が発生し、両国政府ともその行方がマイナスとならないように最大の努力をつぎ込むことが必要になったことです。米国側の問題は2020年の大統領選挙で民主党の最有力候補と見られるバイデン元副大統領の息子の不正調査にトランプ大統領がウクライナ政府に米議会承認の軍事援助を見返りに過度な圧力をかけたのではないかとの疑惑です。1113日から始められた下院の情報特別委員会ではこの件でトランプ政権の外交軍事政策に疑問を持つ国務省、国防省、ホワイトハウス内の国家安全保障会議のメンバーが相次いで証言に立ち、見返りを条件に圧力をかけたことを証言しました。特に、トランプ氏への多額献金でEU大使に任命されたソンドランド氏は1120日の証言では以前の秘密公聴会での発言を翻して、見返りを条件にウクライナ政府に圧力をかけたことを認めました。こうした具体的な証拠が集まっていく中で、下院多数派である民主党は司法委員会で、124日からトランプ大統領の弾劾に向けた検証のための公聴会を開催し、その動きをさらに一歩進めることになりました。

一方、香港の自治と人権の擁護を目的とする香港人権・民主主義法案は米議会下院が10月中旬に可決し、1119日には上院が満場一致で可決しました。法案は一国二制度に基づく香港の自治が機能しているかどうかを検証するために国務省が年次報告書を義務付けるもので、香港で人権侵害に関与した中国当局者らへの制裁も可能にしています。中国外務省は法案が成立すれば、断固反撃するとして報復措置を示唆していました。こうした状況の中で、トランプ大統領としては2020年の大統領再選に向け、中国との貿易協議の合意を実績にしたく、中国を刺激させたくない意向がある一方、上記の下院による弾劾調査の中で、弾劾阻止のカギを握る与党共和党との対立を避ける意味で、トランプ氏が拒否権を行使するのは難しい状況にありました。こうした中で、トランプ大統領は1127日にトランプ大統領は同法案に署名し、成立することになりました。この背景には、トランプ大統領がこの法案に拒否権を発動しても、上下両院がそれぞれ3分の2以上の賛成で再可決すれば、法案は成立することになり、拒否権を発動しても実質的な効果はないとの判断があったと見られています。加えて、トランプ大統領としては、パソコンなど米国の消費者にも需要の高い中国からの輸入品に1215日から追加関税第4弾を予定しており、中国政府の報復措置には限界があると見ていたように思われます。いずれにしても、今回トランプ大統領が香港人権・民主主義法案を成立させた意味は大きく、今後の米中貿易協議の行方に不透明感を与えるものとなりました。

 
4.米国市場の株高傾向と経済格差拡大による不安定化                    米国の株高基調が続いています。トランプ大統領は株高基調が続く限り、自分の再選は確実になるとの見方を維持しています。しかしながら、株高が政府による過度な刺激策や政府高官による人為的発言によって達成され続けていくと、その恩恵は企業や富裕層により多く配分されることになり、所得格差の拡大による経済の不均衡化をもたらし、必ずしも大統領の思惑通りになるとは限らなくなります。特に、この傾向は11月になると、米中貿易協議の具体的な進展が明示されていないにもかかわらず、前向きに進んでいるとの米中政府高官の発言によって株式市場が上昇する傾向を強めました。本来、株価は企業の売上高や株価収益率の影響をを与える経済動向によって決定されるべきものですが、株価上昇を目論む政府高官の恣意的な発言によって影響されることは株式市場の投機性を一層高めることになります。また、株価が実体経済以上に高くなれば、従来以上の株価収益率維持のために、生産コストを抑制させていく政策をとらざるを得ず、従業員への賃金配分を減らさざるを得なくなります。トランプ政権の経済政策の問題点は、株価上昇のために金融政策や意図的発言には積極的であるもののの、経済をどのようにバランスよく発展させるかについての政策が乏しく、これがトランプ大統領の支持率が一定以上には上昇しない要因になっているように思われます。
                  (2019121日: 村方 清)

Friday, November 1, 2019

米主要企業の業績好調と金利低下による株式市場の改善












110月の株式市場
10月の株式市場は経済指標の動向によって大きく変動しましたが、主要米企業の四半期業績が好調であったことや金利低下で、月末にかけて上昇傾向と辿りました(月末に米中貿易協議の懸念から下落)。主要な動きは以下の通りでした。

101日:米サプライマネジメント協会(ISM)が1日に発表した9月の製造業景況感指数が47.8103カ月振りの低水準で、好不調の目安とされる502カ月連続で下回ったことから米景気の後退懸念が強まり、374ドル安(1.28%減少)。
102日:9月のADP全米雇用レポートで、非農業部門の雇用者数が前月比135,000人増と前月比から伸び悩んだことで、米景気が後退するとの懸念が強まり、494ドル安(1.86%減少)。
103日:低調な米経済指標を受けて一時335ドル安まで下落したが、FRBが追加利下げに動きやすくなるとの見方が強まり、買いが優勢で、122ドル高(0.47%増加)
104日:9月の米雇用統計は雇用者増加数が136,000人増で、市場予想の145,000人増を下回ったことものの(失業率は3.5%で前月より0.2%減少)、過去2か月分の雇用者数が上方修正されたこともあり、ハイテクや金融株を中心に買いが入り、373ドル高(1.42%増加)。
107日:週後半に再開する米中貿易協議の不透明感から、運用リスクを回避する動きが広がり、96ドル安(0.36%減少)。
108日:米商務省が中国がウイグル族を弾圧していることを理由に中国企業や政府機関などを28団体・企業に禁輸措置を課したことから、中国も対抗措置を取る姿勢を示し、投資家心理の悪化につながり、314ドル安(1.19%減少)
109日:10日に再開する米中貿易協議で中国が米国に部分合意を求めているとの報道から協議進展への期待が高まり、中国売上高が高いキャタピラー等の銘柄で買いが優勢で、182ドル高(0.70%増加)。
1010日:トランプ大統領のツイートで、11日に中国の副首相とホワイトハウスで会うことが伝えられ、米中間の貿易協議の進展が期待され、151ドル高(0.57%増加)
1011日:米中が貿易協議で部分的な合意に達したとの報道から貿易摩擦が緩和に向かうことを期待した買いが優勢となり、320ドル高(1.21%増加)
1014日:米中貿易協議で部分的な合意をしたものの、中国がサイン前に一段の協議を望んでいると伝えられ、先行き不透明感から、29ドウ安(0.11%減少)。
1015日:主要企業の決算で、ヘルスケアや大手金融機関の業績が市場予想を上回り、これを好感した買いが優勢で、237ドル高(0.89%増加)
1016日:9月の米小売売上高が前月比0.3%減となったことに加え、米中貿易の不透明感が増したため、23ドル安(0.08%減少)。
1017日:米中貿易協議の不透明感や低調な米小売指標があったものの、バンクオブアメリカやユナイテッド航空などが業績好調で、24ドル高(0.09%増加)。
1018日:虚偽報告の疑いが出たボーイングとアズベスト問題が起きたジョンソンエンドジョンソンが大幅下落、EU離脱に関する英国の議会承認の不透明感から、256ドル安(0.95%減少)
1021日:米中貿易協議で中国側の進展発言から懸念が少し後退し、長期金利の上昇による銀行株の上昇もあり、57ドル高(0.21%増加)。
1022日:四半期業績が市場予想に届かなかったマクドナルドとトラベラーズが売られ、かつ英国のEU離脱をめぐる不透明感も重なり、40ドル安(0.15%減少)。
1023日:四半期決算発表を受けて、過度な業績懸念が後退したキャタピラーとボーイングが上昇、指数を押し上げ、46ドル高(0.17%増加)。
1024日:四半期決算が減収決算の3Mが大きく売られ、29ドル安(0.11%減少)。
1025日:四半期決算が好調であったインテルが大幅に上昇し、米中貿易協議進展の報道からキャタピラーなどの中国関連株も買われ、152ドル高(0.57%増加)。
1028日:米中貿易協議の進展への期待から投資家心理が強気となり、マイクルソフトやアップルなどのハイテク株を中心に買いが優勢で、133ドル高(0.49%増加)。
1029日:1030日のFOMCの結果発表を前に様子見姿勢が強く、アルファベット(グーグル)の1株利益が市場予想を下回ったことで売られ、19ドル安(0.07%減少)。
1030日:FRB0.25%の利下げを決め、声明文で利下げ停止を示唆したものの、パウエル議長が記記者会見で利下げの可能性を排除せず、投資家の安心感が広がり、115ドル高(0.43%増)
1031日:米中貿易協議について、中国側から包括的で長期的な合意への疑問が出されたとの報道から、スリーエムやキャタピラーなど中国関連株に売りが出て、140ドル安(0.52%減少)。

 
2.米国の雇用状況
米労働省が104日に発表した9月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比136,000人の増加で、市場予想の140,000-150,000人増を下回りました。7月の雇用者数の確定値は166,000人で7,000人の増加、8月の改定値は168,000人で38,000人の増加となりました。今回の結果を踏まえた過去3カ月間の雇用者平均増加数は約157,000人で、好調の目安とされる平均増加数の200,000人を大きく下回りました。なお、8月の失業率は3.5%で、前月より0.2ポイント改善しました。労働参加率は63.2 %で、前月と同水準でした。9月の時間当たり賃金上昇率は前月比で変わらず、前年同月比では2.9%増に留まりました。部門別ではヘルスケア業が39,000人の増加、専門・ビジネスサービス業が34,000人の増加、ヘルスケア業が24,000人の増加 政府部門が22,000人の増加となりましたが、製造業、建設業などは殆ど増加がありませんでした。

 
3.米中貿易協議の一時合意と株式市場の過剰反応
1010日に再開された米中の閣僚級貿易会議で、11日に中国は米農産品をの輸入を400億―500億ドル増加させる他、米国から批判された中国の通貨政策についても、中国側は為替介入の実績などの通貨政策の透明化を提案、米国側はこれを受け入れ、為替操作国の指定解除の検討に入ったとされています。これお受けて,トランプ政権は1015日から予定されていた2500億ドル分の制裁関税の25%から30%の引き上げを見送りました。また、トランプ大統領は11日に閣僚級会議に参加していた劉鶴副首相とホワイトハウスで会談し、重大な第一段階の合意に達したしとました。この報道を受けて、ダウ平均は一時517ドル高になるなど急上昇しましたが、終値は320ドル高に留まりました。

今回の合意が米中貿易協議の前進であることは間違いないものの、トランプ大統領がコメントするような重大な第一段階の合意であるかについては大きな疑問とされます。第一にこうした合意は書面化されて始めて有効となるものであるが、双方が目指す11月のチリで開催されるAPEC首脳会議までに合意文書が完成するのかは依然不透明です。第2に、今回の合意は比較的に双方が合意しやすい分野であり、最も難しいとされる中国政府の過剰な産業補助金や国有企業の優遇措置などが全て先送りされています。そうした点からすると、株式市場がこうした形が優先した合意で、500ドルを超える上昇となるのは明らかに行き過ぎであり、投機性を増している現在の株式市場の特性を反映しているものと言えます。

 
4.米国の急増する財政赤字
1025日に、米国の財務省は2019会計年度の財政赤字が前年度ヒ26%増の約9,840億ドルに達したことを発表しました。この水準はGDP4.6%に当たり、米国の財政赤字が急速に悪化していることになります。具体的に歳出が軍事費の拡大などで、8.2%増加の44500億ドルであったのに対し、歳入は4%増しか伸びず、34600億ドルに留まったとしています。財政赤字が急増した最大の理由はトランプ政権と共和党主体の連邦議会が、10年間で1.5dルの大型減税を決定したことで、今後この影響は更に強まり、財政赤字が2020年度には180億ドル、2028年には15000億ドルに達すると見られています。トランプ政権も共和党幹部の現在の財政赤字に対する改善措置を取っていませんが、今後財政赤字の拡大が貿易収支の赤字と共に大きな問題になる恐れがあります。

 
5.3回連続の金利引き下げ決定のFOMC会合
FOMC会合が102930日に開催され、会合後の声明要旨で以下のようなことが伝えられました。前回9月のFOMC会合後に得た情報によれば、労働市場は強さを保っており、経済活動は緩やかに拡大した。雇用増はここ数か月平均すると堅調で、失業率も低水準を保った。家計支出は力強く伸びたが、企業の設備投資および輸出は弱いままだ。全般的なインフレ率と、食品・エネルギーを除くインフレ率は2%を下回っている。市場で予測したインフレ値は依然弱く、アンケートによる調査では長期のインフレ予想はあまり変わっていない。

法律で定められた使命を達成するため、FOMCは雇用の最大化とインフレ率の安定に努める。

景気見通しへの海外経済の影響とインフレ圧力が抑制されている点を考慮し、フェデラルファンド(FF)金利の誘導目標レンジを1.501.75%引き下げることを決定した。この措置は持続的な経済成長、力強い労働市場の情勢、目標の2%前後付近のインフレ率がもたされるとのFOMCの見方を支える。しかし、この見通しには不確実性が残る。FOMCFF金利の目標レンジの道筋を見極めるため、検討する際には、景気見通しに関する情報が意味するものを引き続き注視していく。
FF金利の誘導目標を調整する今後の時期と規模を判断するにあたって、FOMCは雇用の最大化とインフレ上昇率2%という目標との比較で経済情勢との実績と見通しを評価していく。労働市場状況に関する指標、インフレ圧力、インフレ予想の指標、金融動向や国際情勢を含めた幅広い情報を考慮して判断していく。

今回の決定はパウエル議長やウイリアムズ副議長を含む8人のメンバーの賛成による。カンザスシティー連銀のジョージ総裁とボストン連銀のローゼングレン総裁は金利の据え置きを求めて、それおぞれ反対票を投じた。

なお、今回のFOMC会合では、前2回に続いて、0.25%の引き下げを決定しましたが、今後の金利政策については、適切に見極めると表現するにとどめました。市場ではパウエル連銀議長の記者会見で金融緩和に柔軟な姿勢を見せる姿勢が確認され、115ドル高となりました。


 
6.英国のEU離脱の動きと離脱による経済リスク
英国のジョンソン政権は1017日に北アイルランドの国境問題について一時的にEUとの関税同盟に残すことでEUとの離脱合意に達しました。しかし、22日に3日間で手続きを終了させる離脱関連法案をが提出したものの、308322の僅差で否決され、法律に基づき、EUに離脱期限の延長を申請せざるを得なくなりました。この結果、EU27か国は25日の大使級会合で新たな延長期限を協議、28日に2020131日までの延長に合意、書面手続きが取られることになりました。
これを受けて、ジョンソン政権は28日に1212日に総選挙を実施するための法案を下院に提出したものの、3分の2以上の賛成を得られませんでした。このため、ジョンソン政権は総選挙法案を一般法案と同じく、下院と上院で過半数を取る戦略に変え、野党の労働党も賛成したため、1212日に総選挙を行う法案が承認されました。これにより、英国は離脱の是非を再び、1212日に国民の判断を仰ぐことになります。現在の世論調査では、与党の保守党が野党の労働党をリードしているものの、離脱に伴う経済リスクの懸念は3年前の時に比べはるかに国民に広がっており、上村政権の思惑通りに進むものか今後の動きが注目されます。
         2019111日: 村方 清)

 

 

Tuesday, October 1, 2019

米中貿易問題に加えてトランプ大統領の政治リスクを含んだ米国市場














1.9月の株式市場
9月の株式市場は米中貿易協議が実態よりも、政治家の口先発言で揺れる一方、月末にトランプ大統領が来年の大統領選挙でウクライナ政府に圧力をかけたとの内部告発者の訴え問題もあり、不安定な動きとなりました。主要な動きは以下の通りでした。

93日:米サプライマネジメント協会(ISM)が3日に発表した8月の製造業景況感指数が市場予想以上に悪化し、好不調の目安とされる503年ぶりに下回ったことや、米中貿易摩擦の懸念や英国のEU離脱を巡る不透明感から、ダウ平均価格は285ドル安(1.08%減少)。
94日:香港で続く大規模デモが香港政府の逃亡条例の正式撤回で収束の期待が出てきたことや英国のEUからの合意なき離脱への懸念後退で、3つの内2つのリスクが後退したこともあり、237ドル高(0.91%増加)。
95日:米中が閣僚級の貿易協議を10月初めにワシントンで開くことを合意し、米中摩擦が和らぐとの期待感から、中国売り上げ高の半導体メーカーやアップル、IBMなどの銘柄に買いが向かい、373ドル高(1.41%増加)
96日:8月の米雇用統計は雇用者増加数が130,000人増で、市場予想の160,000人増を下回ったことものの(失業率は3.7%で前月と同じ)、米中貿易協議の進展や連銀の利下げへの期待感が強く、69ドル安(0.26%増加)。
99日:10月に開く米中両国による閣僚級の貿易協議が進展するとの期待から、38ドル高(0.14%増加)。
910日:米中貿易摩擦による対立が緩和に向かているとの期待から中国売上高比率の高い銘柄が買われ、74ドル高(0.28%増加)。
911日:中国政府が追加関税の一部製品を除外すると発表し、米中の対立が和らぐとの期待からキャタピラーやダウなどの景気敏感株の買いが優勢で、228ドル高(0.85%増加)。
912日:トランプ大統領が一部の中国製品への関税引き上げを2週間延期すると発表し、中国政府も米農産物の輸入手続きを再開したことから、米中貿易問題の対立が和らぐのと期待から、45ドル高(0.17%増加)
913日:8月の米小売売上高が市場予想を上回り、個人消費の堅調さを示したことで、買いが優勢で、37ドル高(0.14%増加)。
916日:サウジアラビアの石油施設が14日に無人機の攻撃を受け供給懸念から原油先物相場が高騰、企業の生産コスト増や個人消費減退への懸念で売りが優勢で、143ドル安(0.52%減少)。
917日:18日までのFOMCの結果を見極めたいムードの中で、原油相場が反落し、原油高による収益悪化への警戒感が和らぎ、34ドル高(0.13%増加)
918日:FOMC会合で0.25%の引き下げを発表したが、1920年で利下げ停止が示唆され200ドル以上下落、FRB議長の記者会見で金融緩和に柔軟との姿勢から、36ドル高(0.13%増加)。
919日:米中貿易協議の進展期待から買いが先行したが、協議の難航を示唆する報道が相次ぐと伸び悩み、52ドル安(0.19%減少)
920日:米中が919日から貿易協議が再開したが、20日に中国の代表団が予定を早めて帰国すことが報じられ、交渉進展の期待が後退し、160ドル安(0.59%減少)
923日:9月の米製造業購買担当者景気指数が51.0と改善したものの、米中貿易協議の進展への警戒感から、買い勢いは弱く、15ドル高(0.06%増加)。
924日:トランプ大統領が国連総会で中国に対する強硬姿勢を発表し、米中対立が激化するとの懸念から売りが優勢となり、米消費者信頼漢指数も悪化、142ドル安(0.53%減少)。
925日:トランプ大統領の米中貿易協議に関する早期の決着発言で、貿易摩擦激化の懸念が後退し、中国関連を中心に幅広い銘柄に買いが優勢で、163ドル高(0.61%増加)。
926日:ウクライナ問題で米下院によるトランプ大統領に対する弾劾調査が進んだことによる不透明感と長期金利低下による売りが優勢で、80ドル安(0.30%減少)。
927日:米政権がADR(米預託証券)を含む中国への証券投資の制限を検討していると報じられ、金融市場や米中貿易協議にも響きかねないとの懸念が広がり、71ドル安(0.26%減少)。
930日:中国企業の上場廃止や米国の対中証券投資の制限について、米財務省報道官が否定したこともあり、米中対立への過度な懸念が後退し、97ドル高(0.36%増加)。

 
2.米国の雇用状況
米労働省が96日に発表した8月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比130,000人の増加で、市場予想の160,000人増を下回りました。6月の雇用者数の確定値は178,000人で13,000人の減少、7月の改定値は159,000人で5,000人の減少となりました。今回の結果を踏まえた過去3カ月間の雇用者平均増加数は約156,000人で、好調の目安とされる平均増加数の200,000人を大きく下回りました。なお、8月の失業率は3.7%で、前月と同じ水準でした。労働参加率は63.2 %で、前月より0.2%上昇しました。8月の時間当たり賃金上昇率は前月比11セント増加で、前年同月比では3.2%増となりました。部門別では専門・ビジネスサービス業が37,000人の増加、ヘルスケア業が24,000人の増加 金融関連業15,000人の増加、連邦政府関連が28,000人の増加となりました。

 
3.金利引き下げを決定したFOMC会合
FOMC会合が91718日に開催され、会合後の声明要旨で以下のようなことが伝えられました。前回7月のFOMC会合後に得た情報によれば、労働市場は強さを保っており、経済活動は緩やかに拡大した。雇用増はここ数か月平均すると堅調で、失業率も低下した。家計支出は力強く伸びたが、企業の設備投資および輸出は弱まった。全般的なインフレ率と、食品・エネルギーを除くインフレ率は2%を下回っている。市場で予測したインフレ値は依然弱く、アンケートによる調査では長期のインフレ予想はあまり変わっていない。

法律で定められた使命を達成するため、FOMCは雇用の最大化とインフレ率の安定に努める。

この目標を支えるため、フェデラルファンド(FF)金利の誘導目標レンジを1.752.0引き下げることを決定した。この措置は持続的な経済成長、力強い労働市場の情勢、目標のFOMCは引き続き、持続的な経済成長、力強い労働市場の情勢、目標の2%前後付近のインフレ率がもたされるとのFOMCの見方を支える。しかし、この見通しには不確実性が残る。FOMCが今後のFF金利の目標レンジの道筋を検討する際には、景気見通しに関する情報が意味するものを引き続き注視し、力強い労働市場と2%前後のインフレ率の目標に向け成長維持のために適切に行動する。
FF金利の誘導目標を調整する今後の時期と規模を判断するにあたって、FOMCは雇用の最大化とインフレ上昇率2%という目標との比較で経済情勢との実績と見通しを評価していく。労働市場状況に関する指標、インフレ圧力、インフレ予想の指標、金融動向や国際情勢を含めた幅広い情報を考慮して判断していく。

今回の決定はパウエル議長やウイリアムズ副議長を含む7人のメンバー全員の賛成による。

なお、今回のFOMC会合では0.25%の引き下げを決定したが、1920年の利下げ停止を示唆したこともあり、発表直後はダウ平均は200ドルを超える下げとなりました。しかし、パウエル連銀議長の記者会見で、金融緩和に柔軟な姿勢を見せる姿勢が確認され、36ドル高となりました。

4.ウクライナ問題でトランプ大統領に対する弾劾リスク
201611月の大統領選挙でロシアとの共謀や司法妨害の疑いをかけられ、モラー特別検査官による2年間余におよぶ調査を新たな司法長官を任命することで乗り切ったと思われたトランプ大統領が、今回は自らが直接関与した新たな疑惑を起こし、弾劾リスクを含む影響が株式市場にも及び始めています。

米議会下院の情報特別委員会は926日に、トランプ大統領がウクライナの大統領に対してバイデン前副大統領に関する調査を要請した電話協議の内部告発状を公表しました。告発状によれば、トランプ大統領は725日にウクライナのゼレンスキー大統領と電話をし、バイデン氏や息子が不利になる情報を求めて調査を依頼、これは大統領が権限を使って2020年の大統領選挙に向けて外国政府の介入を求めたものだと指摘しました。更に、電話協議から数日後にホワイトハウス高官は政府関係者による電話記録へのアクセスを大幅に制限し、ホワイトハウス法律顧問はウクライナ首脳との電話記録を削除するように関係者に指示したことも指摘しました。

これらの点は米国の選挙資金法では外国人による選挙活動への貢献や献金を求めてはならない条項があり、貢献を受けなくても要求すること自体が禁止されており、この規定に違反する恐れがあります(なお、2016年当時、ウクライナの検事総長に対しては様々な疑惑が生じたことから、米国だけでなく、EU側も解任を求めており、バイデン氏の息子への捜査から、バイデン氏が圧力をかけたとの見方は事実でないとされています)。

更に、トランプ大統領は米国議会が承認したウクライナへの軍事支援の内、25000万ドルを保留するように首席補佐官に指示した事実も明らかになっています。このことがトランプ大統領が支援を実行する見返りとして、調査への協力を求めたのではないかとの見方になっています。加えて、

米国の有力紙はトランプ大統領がウクライナへの軍事援助をウクライナ政府に対するロシア政府の和解に向けた手段として利用、プーチンが望む米国のロシアへの経済制裁を解除させようとした疑いもあるのではないかとしています。

トランプ大統領が来年の大統領選挙を狙って、ウクライナ政府にバイデン民主党候補に不利な情報を探すように圧力をかけたとされる問題の事実解明は連邦議会の下院で進み始めていますが、トランプ政権の内部から告発者が出てきたことは、トランプ大統領の独断的な手法が政権内部に反発する連中が出てきた点で、極めて意味があることだと思われます。法律や規則を守らず、議会からの要請にも一切従うことなく、逆に国務省、司法省、財務相など連部局のトップが、米国ではなく、トランプ大統領個人の利益優先で動いているような異常な事態を終焉させる時期に来ていると思われます。
           (2019101日:村方 清)。

 

 

Sunday, September 1, 2019

トランプ大統領の時代遅れの経済政策が招く株式市場の混乱


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
1.8月の株式市場
8月の株式市場は、米中貿易協議に関する両国関係者の発言に大きく影響されたことや景気後退の前兆とされる逆イールド現象が起きて、株式市場の混乱が続きました。主要な動きは以下の通りでした。
 
81日:トランプ大統領が午後に、中国に対し残りの3000億ドルへも91日から10%の追加関税を課すと発表したことで、市場全体に動揺が広がり、281ドル安(1.05%減少)。
82日:7月の米雇用統計は雇用者増加数が164,000人増で、市場予想とほぼ同水準だったこと(失業率は3.7%で前月と同じ)に加え、トランプ大統領が前日に対中制裁関税「第4弾」の発動を表明し、米中貿易摩擦問題が厳しくなるとの懸念が広がり、98ドル安(0.37%減少)
85日:トランプ大統領が中国への追加関税を発表して以来、世界経済の不安が急激に高まり、投資家のリスク回避姿勢の強まりから、767ドル安(2.90%減少)。
86日:中国当局が元安進行を抑制するとの姿勢を示したことで、米中貿易戦争への過度の懸念が和らいだことや5日に767ドル安となったことの反動で、312ドル高(1.21%増加)
87日:欧米の長短金利が大幅に低下し、世界景気の減速が意識されたことから、一時下げ幅が589ドルに拡大するなど投資家のリスク回避姿勢が強まり、22ドル安(0.09%減少)。
88日:7月の中国貿易統計で輸出が予想以上に増加したのを受けて、世界景気減速への懸念が後退、かつ中国人民銀行が人民元のレートを予想より高く設定したことから、371ドル高(1.43%増加)
89日:世界経済の不透明感に加え、トランプ大統領が9月の米中貿易協議について中止する可能性を示唆したこともあり、91ドル安(0.34%減少)。
812日:米中対立の長期化による世界経済の減速懸念から、投資家のリスク回避姿勢を強め、米長期金利の指標である10年物国債の利回りが低下、390ドル安(1.48%減少)。
813日:中国に対する第4弾の制裁関税について、米国政府がスマートフォンなどの一部品目を12月に先送りすると発表、米中貿易摩擦の緩和が期待され、373ドル高(1.44%増加)
814日:中国や欧州の経済指標の悪化を受け、貿易摩擦による世界経済の停滞に加え、米国債市場で10年物国債と2年物国債の利回りが逆転する逆イールド現象が12年振りに起こり、投資家の警戒感が強まり、800ドル安(3.05%減少)。
815日:四半期業績が好調であったウォルマートが6%高であったことやコカ・コーラなどの飲料・日用品銘柄が相場をけん引し、100ドル高(0.39%増加)
816日:景気の減速懸念を招いた長期金利の低下が一服し、金融やハイテク株を中心に幅広い銘柄に買いが入り、307ドル高(1.20%増加)
819日:米中貿易摩擦の激化への警戒感が和らいだことに加え、米長期金利の低下が一服したこともあり、相場の押し上げが見られ、250ドル高(0.96%増加)。
820日:米中貿易摩擦の懸念と香港の大規模デモの継続に加えて、イタリア首相の辞任に伴う政局の流動化で欧州市場が全面安となり、米金利の低下もあり、173ドル安(0.66%減少)。
821日:小売業のターゲットやロウズなどの四半期決算が市場予想を上回ったことから、米国の個人消費の堅調さが維持されているとの見方から、240ドル高(0.93%増加)。
822日:航空機のボーイングが新型機の運行再開に向けた前向きの評価や増産計画が伝えられ、ダウ平均を押し上げ、50ドル高(0.19%増加)
823日:中国が米国の対中報復関税「第4弾」への報復関税を発表したのに対して、トランプ大統領がツイッターで対応策を講じる投稿、米中貿易摩擦の激化が警戒され、中国への収益依存度が高い銘柄を中心に売りが広がり、623ドル安(2.37%減少)
826日:トランプ大統領が中国との貿易協議再開を表明したことに加え、イランとの首脳会談への前向きな姿勢を示したことを好感、270ドル高(1.05%増加)。
827日:米中貿易協議について進展を期待させる材料がなかったことや景気後退の前兆とされる逆イールド現象が強まったところから、121ドル安(0.47%減少)
828日:米中貿易摩擦の悪材料がなかったことや逆イールド現象の度合いが和らいだこともあり、JPモルガンなどの金融株を中心に買いが強まり、258ドル高(1.00%増加)。
829日:米中貿易協議で、両サイドから対立姿勢を和らげる報道があり、キャタピラーやナイキなど中国売り上げ高比率が高い銘柄を中心に買いが広がり、326ドル高(1.25%増加)。
830日:米中貿易協議に関連して、トランプ大統領による制裁関税の企業収益への影響を軽視する発言がツィーターにあったが、中国政府からの前向きの発言があったことで、41ドル高(0.16%増加)
 
2.米国の雇用状況
米労働省が82日に発表した7月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比164,000人の増加で、市場予想の160,000人増とほぼ同じ水準でした。5月の雇用者数の確定値は62,000人で10,000人の減少、6月の改定値は193,000人で31,000人の減少となりました。今回の結果を踏まえた過去3カ月間の雇用者平均増加数は約140,000人で、好調の目安とされる平均増加数の200,000人を大きく下回りました。なお、8月の失業率は3.7%で、前月と同じ水準でした。労働参加率も63.0 %で、前月より0.1%上昇しました。7月の時間当たり賃金上昇率は前月比8セント増加で、前年同月比では3.2%増となりました。部門別では専門・ビジネスサービス業が31,000人の増加、ヘルスケア業が30,000人の増加 金融関連業18,000人の増加、製造業も16,000人の増加となりました。
 
3.トランプ大統領の時代遅れの経済政策が招く株式市場の混乱
トランプ大統領は20171月に大統領に就任して以来、自国第一主義による米国の貿易赤字の縮小を目指す一方、国内面ではインフラ投資や軍事力増強のための財政支出の拡大、企業や富裕層への大幅減税とオバマケアなどの政府管掌による福祉歳費の削減などを実行してきました。これらの政策は当初は米国企業への税優遇や景気刺激策として評価され、株式市場における株価上昇に貢献しました。しかしながら、時間の経過と共に、トランプ大統領の政策の多くが新たな問題を抱えるようになり、株式市場にも不安定な動きとなって表れるようになりました。
 
最初に自国第一主義による米国の貿易赤字の縮小については、カナダやメキシコとのNAFTAの見直しは米国に優位性があることから、相手国からの譲歩を引き出すことに成功しました。しかし、米国の最大貿易赤字国である中国とは2017年末以降長期に渡る交渉を続けているものの、状況は改善するどころか、悪化の道をたどっています。トランプ大統領の最大の誤算は関税引き上げによる中国製品の値上げが米国市場での中国製品の需要減となって、中国側は米国の要求を受け入れざるを得ないと判断したことにあります。
 
しかし、米国側の要求は単に米中間の貿易不均衡是正ではなく、中国企業が国際市場で競争力のある製品を作り出せる中国政府による優遇措置の改革を求めており、現在の共産党政権の存立基盤を脅かす領域に入ろうとしています。例えば、自動車などの基幹産業について中国資本が51%の持ち分を条件となる外資導入政策は、先端技術が遅れている中国企業にとっては外国の高度な技術移転を可能にさせる点で必要な政策でした。これに対して、トランプ政権は中国企業による外国企業への知的財産権の強制移転を禁止させる要求しており、中国政府にとって受け入れが困難となります。また、米国などの市場競争主義国にとっては、高度な技術製品の開発に対する政府の補助金供与は制限的ですが、世界をリードする産業を国策で支援する中国共産党政権の立場からは当然とこととなり、受け入れられるものではありません。更に、中国側は米国政府からの関税引き上げに対して、中央銀行が人民元の価値を下げることで対応することも可能であり、米国政府による政策措置の限界が明らかになっています。株式市場では米中の間で強硬姿勢が伝わると株価が大きく下げる傾向にあり、トランプ大統領が当初発表した対中貿易赤字の短期的解消とは程遠い状況になっています。
 
本来、市場経済主義でない大国の貿易政策に二国間の関税措置で対応するには、相手国からの対抗関税を引き起こし、やがて自国にも跳ね返ってくるなどエスカレートが繰り返されるという問題があります。そうした関税措置による二国間対応の限界を克服するには、オバマ前大統領のように、TPPのような多国間貿易協定をベースに問題国に対する封じ込め政策で改革を求めていくべきでした。トランプ大統領や担当閣僚は二国間交渉で強く臨めば早期に目標が達成できるとの判断の下に、行動してしましました。トランプ大統領の知識と経験のなさがここでも大きな間違いをする結果になってしまっています。
 
また、814日の米国市場は、トランプ大統領主導の米国第一主義による主要国との貿易摩擦に基づく世界経済の不透明感から、米国債市場で10年物国債が一時1.57%になり、2年物国債の1.63%を下回る逆イールド現象を起こし、800ドルを超える暴落となりました。これに対し、トランプ大統領はこうした債権市場の異常な現象は連銀の金利引き下げが遅れたことが原因であるとして、1%以上の短期金利の引き下げを繰り返し要求しています。しかし、中央銀行の役割は金融市場の安定性を追求していくものであり、トランプ大統領のように、自らが引き起こした米中貿易摩擦による株式市場の落ち込みを中銀の金利引き下げにより株価の引き上げを目論むことは株式市場への政府介入の度合いを強め、市場原則への混乱と歪みを引き起こすだけの結果になりかねません。
 
更に、820日にはトランプ大統領は、景気を下支えするために給与税の一時的な引き下げを検討していることを明らかにしました。しかしながら、米国の財政赤字は2017年末にトランプ減税と呼ばれる10年で1.5兆ドルの巨額減税を実施し、財政赤字が急速に膨らんでいる中で更なる減税には与党の共和党議員からも反対は強く、実現の見通しは不透明です。
 
トランプ大統領の経済政策の最大の問題点は、選挙公約時から株価上昇だけが目的化してしまい、米国経済の健全な運営が何であるかに焦点が当てられていないことにあります。特に、株価がかなりの高水準にある時に、更なる株価引き上げ策を講じれば株価のバブル化が一層強まり、やがて暴落していくことのリスクに十分な注意を払っていないことにあります。
 
4.トランプ大統領がもたらすG7首脳会議存続への疑問
フランスのピアリッツで開催されていた先進7か国による主要国首脳会議(G7)は3日間の日程を終え閉幕しました。主催国であったフランスのマクロン大統領は通常の詳細な首脳宣言の代わりに、1ページの成果文書を発表、貿易やイランなどの問題に言及しました。まず、貿易に関しては、公正で開かれた世界貿易を支持するとした上で、不公正貿易のより迅速な是正と世界貿易機関(WTO)の改革を求めました。また、イラン問題については、イランが核兵器を保有すべきでなく、中東地域の安定を支援しなければならないとしました。
 
しかし、1975年にフランスのランベイユで始まった主要7か国首脳会議は常に保護主義への反対と自由貿易の推進を確認してきましたが、2017年に米国でトランプ氏が大統領になって以降、首脳会議の風景は一変することになりました。以前は自由貿易の旗振り役であった米国の大統領がその役割を放棄し、保護主義に基づく政策を取り始めたからです。また、世界の各地で様々な悪影響が出始めている地球温暖化の対策をめぐっても、2016年のパリ協定を巡って欧州と米国の対立が激化しています。加えて、今回からは欧州で自国第一主義を唱える英国のジョンソン首相が登場し、欧州内でも自由貿易主義の理念が揺らぎ始めています。
 
来年のG7の会合は米国で予定されていますが、米国のトランプ大統領が今後とも米国の国益優先の政策に拘り、英国がジョンソン首相の下で、EUからの合意なき離脱となった場合、世界経済の混乱と低迷は一層深刻になることが予想されるだけに、今後はG7首脳会議の存立意義が問われかねない状態になっていると思われます。
           (201991日:村方 清)