1.5月の株式市場
5月の株式市場は、交渉合意が期待されていた5月9-10日の米中閣僚級の貿易協議が事実上決裂したことや米国の安全確保という名目でメキシコへの関税措置を取るなど混迷を深めるトランプ政権の貿易政策により、株式市場の不安定性が高まることになりました。主要な動きは以下の通りでした。5月3日:4月の米雇用統計で雇用者増加数が263,000人増で、市場予想の180,000人増を上回り(失業率は3.6%で0.2%減少)、米経済への楽観論が勢いを増し、197ドル高(0.75%増加)。
5月6日:トランプ大統領が5日に突如対中関税を10%から25%への引き上げをイッターに投稿、米中交渉が決裂するとの警戒感から一時471ドルまで下落したものの、66ドル安(0.25%増加)。
5月7日:米国が中国製品への関税を10%から25%へ引き上げる可能性が高まり、一時649ドルまで下落したものの、その後持ち直し、473ドル安(1.79%増加)。
5月8日:トランプ政権は中国政府に対して追加関税を10%から25%へ引き上げることを発表したが、9日から始まる米中閣僚級会議の思惑からの買い戻しもあり、2ドル高(0.01%増加)。
5月9日:朝方は米中貿易協議の先行き懸念から売りが先行し、一時450ドル安まで売られたが、トランプ大統領の前向きな発言を受けて、139ドル安(0.54%減少)。
5月10日:米中貿易交渉の先行き警戒感から売りが先行したが、10日までに開かれた米中閣僚級会議後にムニューシン財務長官が協議は建設的だったとメディアに伝えたことから、相場は上昇に転じ、114ドル高(0.44%増加)。
5月13日:米中による関税引き上げの応酬で、両国が近く合意に達するとの期待が後退、投資家がリスク回避に動き、多くの銘柄が大幅に下落、617ドル安(2.38%減少)。今年2番目の下落。
5月14日:前日に大きく下落したことのの反発と米中貿易摩擦の懸念が一時的に和らぎ、207ドル高(0.82%増加)。
5月15日:トランプ大統領が自動車の追加関税導入の判断を最大6カ月先送りしたとの報道から、GMや
フォードなどの自動車株が上昇し、116ドル高(0.45%増加)。
5月16日:四半期業績が好調であったウォールマートやシスコシステムが買われ、投資家心理が改善し、214ドル高(0.84%増加)。
5月17日:米中貿易協議の不透明感が示す報道が相次ぎ、中国事業の比率が大きい銘柄を中心に売りが優勢で、99ドル安(0.38%減少)。
5月20日:ファワーウェイとの取引を禁ずる米政府の措置に対応して米企業が相次いで同社へのサービスや部品の供給を止める報道が伝わり、米中貿易摩擦の懸念から、84ドル安(0.33%減少)。
5月21日:米政府がファーウエイへの禁輸措置に猶予期間を設けたため、アップルなどのハイテク株が上昇し、197ドル高(0.77%増加)。
5月22日;米中貿易協議の再開のメドが立たない中で、中国売り上げ高が大きいアップルやボーイングが大きく下落、101ドル安(0.59%減少)。
5月23日:米中協議の行き詰まりとの懸念に加え、世界景気の減速に対する警戒感も高まり、幅広い銘柄に売りが広がり、286ドル安(1.11%減少)。
5月25日:米中貿易摩擦への過度の警戒感が少し和らぎ、中国売上高比率の高い銘柄を中心の買いが優勢となり、95ドル高(0.37%増加)。
5月28日:米中貿易摩擦が長期化するとの見方が広がり、中国売り上げ高比率が高い銘柄が下落、長期金利の低下で金融株も下げ、238ドル安(0.93%減少)
5月29日:米中貿易摩擦の激化が世界景気の減速につながるとの警戒感から幅広い銘柄が売られ、221ドル安(0.87%減少)。
5月30日:前日まで2日間で約450ドル下落したこともあり、景気変動を受けにくい銘柄を中心に買いが入り、43ドル高(0.17%増加)。
5月31日:トランプ大統領が不法移民流入へのメキシコへの対策が不十分として、メキシコからの全輸入品に対して追加関税を課すと発表、貿易摩擦激化への懸念が高まり、幅広い銘柄が売られ、355ドル安(1.41%減少)。
米労働省が5月3日に発表した4月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比263,000人の増加で、市場予想の180,000人増を大きく上回りました。2月の雇用者数の確定値は56,000人で23,000人の増加、3月の改定値は196,000人で7,000人の減少となりました。今回の結果を踏まえた過去3カ月間の雇用者平均増加数は約169,000人で、好調の目安とされる平均増加数の200,000人を下回りました。なお、3月の失業率は3.6%で、前月から0.2%減少、1969年12月以来の低水準になりました。労働参加率は62.8 %で、前月比で0.2%低下しました。3月の時間当たり賃金上昇率は前月比6セント増加で、前年同月比では3.2%増となりました。部門別ではヘルスケア業が49,000人の増加、専門・ビジネスサービス業が76,000人の増加、建設業が33,000人の増加になったものの、製造業は4,000人の増加に留まりました。
トランプ政権が直前まで合意が近いとの見通しを持っていた5月9-10日の米中貿易協議は、中国側が従来の合意内容の大幅修正を求めたことで、事実上決裂状態になりました。今回の協議で中国側が求めたのは、1.合意後の追加関税の即時撤廃、2。米国製品の輸入規模の縮小、3。協定本文での中国の主権と尊厳の尊重の3つにあったとされていますが、この中で最も重要なものは3にある中国の主権と尊厳の尊重とされています。中国側はこれに先立ち、5月3日に昨年12月の首脳会談以来、5カ月間に及び閣僚級会議で合意してきた知的財産権の保護、技術の強制移転の禁止、政府の産業補助金の大幅縮小、為替政策の透明化など7分野の内、知的財債権の保護、技術の強制移転の廃止、産業補助金の大幅縮小など5つの分野についての法律改正の約束を撤回してきました。
この背景には、今の習近平政権にとっては今回の米国側との合意内容を遵守することになれば、それは共産党政権が従来堅持してきた重要産業育成に関わる共産党の統治モデルを崩しかねないとの危機感が
急激に起きてきたことにあるとされています。9-10日での米中貿易交渉では中国側代表の劉鶴副首相は中国の尊厳を放棄するようなことはあり得ないとの中国側の立場を強く伝えたと言われています。
これに対し、トランプ大統領は2000億ドル相当の中国製品に対する25%の追加関税を発動を決定、さらに追加関税の対象となっていない残りの中国製品についても関税適用の手続き開始を指示しています。トランプ政権としては中国に対する強硬措置を一段と強めれば、中国側は最終的に受け入れざるを得ないとの判断があるものと見られます。しかしながら、中国側では共産党の機関紙である人民日報は、中国は引き続き協議する用意があるが、重要な原則で譲歩することはないと強調、更に系列の新聞社説で、戦略的な抑圧に対し、中国が耐えられないというのは幻想であるとの考え方を伝えています。
トランプ政権が中国の共産党独裁政権による産業政策を米国および市場経済主義国家に対する脅威として位置づけ、中国政府に対する根本的な構造転換を求めることは理解できますが、それは中国共産党の存立基盤を脅かすものとなりかねないことを考えると、両国の対立は長期化し、交渉内容も複雑化していくことが予想されます、また、それに伴い、世界経済にも貿易摩擦による成長の減速や株式市場の不安定化要因が高まっていくように見られます。
米中貿易協議の行き詰まりに関連して、安倍首相の招待に応じてトランプ大統領は5月25日から28日の4日間の日本を訪問しました。表向きは新しく即位した天皇への表敬にあるとされていますが、全ては計算の上で行動するトランプ大統領には別の思惑があると言われています(但し、彼の自己中心的利益による貪欲さで計算された手法はその強引さから矛盾が拡大することも多く、それが不動産ビジネスでは5回以上も破産申請する結果をもたらすことになりました)。今回について言えば、米中貿易協議の行き詰まりで、強まる米国の農業従事者達の不満を和らげるために、安倍首相が力説したがる友好的な日米関係を使って、日本に米国の農産品、特に関税引き下げによる牛肉の輸入拡大を受け入れさせるというものです。日本での選挙が終了する8月にはこの問題で決着させたいとするトランプ大統領の期待に日本側がどのように対応しようとするのか、今後の展開が注目されます。
5月31日にはトランプ大統領がメキシコ政府の政策が米国ヘの不当な移民を増加させ、米国の安全を脅かしているとして、メキシコから米国への全製品に6月10日から5%、最大で25%までに関税をかけることを発表しました。しかし、この発表は自動車産業などでは外国の会社だけでなく、米国の会社にも悪影響が及ぶものであり、この日の株式市場はダウが355ドル安(1.41%減少)となりました。
5月23-24日に実施されたEU議会選挙で、従来中道右派(EPR)と中道左派(S&D)の2党だけで過半数を超えていたが(403議席)、今回は325議席となり、過半数割れとなりました。しかし、中道(ALDE&R)を加えると合計は426議席となり、過半数を超えることになりました。中道の党の議席が大幅に増えたのはフランスの「共和国前進」党(マクロン大統領の党)がここに入ったためです。また、緑の党系も大きく票を伸ばしました。
一方、30%を超えると見られていた極右はENFとEFDDを合わせても15.05%、EU会議派のECRを加えても、23.04%に留まりました。加えて、EFDDに属している政党はファラージ氏の英独立党が中心となっており、英国がEUを出ていくことになれば、更に議席数が減ることが予想されます。
今回の選挙は、EU会議派が議席数を伸ばしたものの、3分の1には達せず、EU維持派にとっては一安心ということになります。しかしながら、EPRとALDE&Rは全ての面で意見が一致しているわけではなく、欧州統合や地球温暖化などを急速に進めたいマクロン氏と穏健な道筋を求めるメルケル氏との温度差は大きく、また、次の欧州委員長の人事について対立点があると言われ、与党内の調整が大きなカギになると見られます。
(2019年6月1日: 村方 清)