1.11月の株式市場
11月の株式市場は米中貿易協議の進展を過大に期待する投資家の反応から、上昇基調となりました。しかし、月末にかけて、米国で香港人権・民主主義法案が成立したことで、不透明感が出てきました。主要な動きは以下の通りでした。
11月1日:10月の米雇用統計は雇用者増加数が128,000人増で、市場予想の90,000人増を上回り(失業率は3.6%で前月より0.1%増加)、過去2か月分の雇用者数が上方修正されたこともあり、ハイテクや金融株を中心に買いが入り、301ドル高(1.11%増加)。
11月4日:米中貿易協議が進展するとの期待から、中国売上高が高い銘柄を中心に買いが優勢で、115ドル高(0.42%増加)。11月5日:米中貿易協議の進展への期待感とISMの10月非製造業景況感指数が54.7と市場予想を上回ったことから、買いが優勢で、31ドル高(0.11%増加)。
11月6日:米中首脳会談が当初予定の11月から12月に延期されるとの報道が伝えられ、スリーエム等の中国売上比率が高い銘柄が売られたが、下げ幅は限定的で、7ドル安(0.00%減少)。
11月7日:中国政府が発動済みの追加関税を段階的に撤廃する方針で米国と一致したと発表し、米中合意への期待が高まり、買いが優勢で、182ドル高(0.66%増加)。
11月8日:トランプ大統領が追加関税の段階的撤廃で合意したとの中国政府の発表を否定し、米中貿易の不透明感から売りが先行、引きにかけて上げに転じ、6ドル安(0.02%増加)。
11月9日:香港情勢の警戒感から、売りが先行したものの、ボーイングなどに買いが出て、10ドル高(0.04%増加)。
11月12日:連日の過去最高値更新による目先の利益確定売りと米中貿易協議の合意による株高への期待が交錯して、横ばいの取引で終了した。
11月13日:パウエル連銀議長が議会証言で金融政策は現状が適切と答えたことから、低金利が続くの見方が強まり、92ドウ高(0.33%増加)。
11月14日:連日の高値更新から過熱感を警戒した売りが出た一方、米中貿易交渉を見極めたいとの見方も出て、2ドル安(0.01%減少)。
11月15日:クドロー米国家経済会議委員長が米中協議について合意に近づいていると発言したことで、中国貿易比率が高い銘柄が買われ、223ドル高(0.80%増加)。
11月18日:米中貿易協議の行方を見極めたいとして方向感に乏しかったが、業績期待の大きなディズニーやユナイテッドヘルスなどが買われ、31ドル高(お。11%増加)。
11月19日:連日の過去最高値更新から、高値警戒感による買い控えムードが強まったことやホームデポの四半期業績不振もあり、102ドル安(0.36%減少)。
11月20日:米中貿易協議の進展が難航しているとの報道が相次ぎ、投資家心理が悪化、中国関連銘柄を中心に売りが広がり、113ドル安(0.40%減少)。
11月21日:香港の民主主義を支援する米国議会の法案にトランプ大統領が署名するとの観測で、それに反発する中国側の反応から米中貿易協議の不透明感が高まり、55ドル安(0.20%減少)。
11月22日:米中貿易協議に関する米中首脳の前向きな発言が伝わり、中国関連株を中心に買いが優勢で、109ドル高(0.39%増加)。
11月25日:中国政府が知的財産権の侵害に対する罰則を強化すると発表し、米中貿易協議が進むとの見方から、アップルなど中国銘柄の買いが広がり、191ドル高(0.68%増加)。
11月26日:米中貿易協議の進展への期待とマクドナルドやホームデポなど小売業の好決算を受けて、年末商戦での個人消費の期待から、55ドル高(0.20%増加)。
11月27日:米中貿易協議の進展期待と10月の米耐久財受注額が前月比0.6%増と市場予想を上回って増加し、米景気の拡大基調から投資家心理が改善して、42ドル高(0.15%増加)。
11月29日:トランプ大統領が27日夕に香港人権・民主主義法案に署名したことへの中国側の反発から、米中貿易協議への悪影響を懸念して、利益確定売りが優勢で、113ドル安(0.40%減少)。
米労働省が11月1日に発表した10月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比128,000人の増加で、市場予想の90,000人増を上回りました。8月の雇用者数の確定値は168,000人で51,000人の増加、9月の改定値は180,000人で44,000人の増加となりました。今回の結果を踏まえた過去3カ月間の雇用者平均増加数は約176,000人で、好調の目安とされる平均増加数の200,000人を下回りました。なお、10月の失業率は3.6%で、前月より0.1ポイント悪化しました。労働参加率は63.3 %で、前月より0.1%上昇しました。10月の時間当たり賃金上昇率は前月比で6セント上昇し、前年同月比では3.0%増となりました。部門別では飲食業が48,000人の増加、ソーシャルサービスが20,000人の増加、専門・ビジネスサービス業が22,000人の増加、ヘルスケア業が15,000人の増加となりましたが、製造業は36,000人の減少となりました。
10月10-11日の米中閣僚級会議で部分合意に達し、当初は11月にチリで予定されているAPEC首脳会議で合意文書に署名する可能性があると見られた貿易協議が、チリ政府が内政混乱を理由にAPEC会議の取り消しを発表して以来、不透明な状況となっています。その理由は10月の合意が中国による米国農産物の輸入拡大や金融サービスの開放など双方が合意しやすいものであり、トランプ政権が強く要求してきた中国政府の過剰な補助金や国有企業への優遇措置など中国の国家資本主義の本質にかかわるものは先送りされた経緯があることです。
それに加えて、米国と中国各々の内政面で深刻な問題が発生し、両国政府ともその行方がマイナスとならないように最大の努力をつぎ込むことが必要になったことです。米国側の問題は2020年の大統領選挙で民主党の最有力候補と見られるバイデン元副大統領の息子の不正調査にトランプ大統領がウクライナ政府に米議会承認の軍事援助を見返りに過度な圧力をかけたのではないかとの疑惑です。11月13日から始められた下院の情報特別委員会ではこの件でトランプ政権の外交軍事政策に疑問を持つ国務省、国防省、ホワイトハウス内の国家安全保障会議のメンバーが相次いで証言に立ち、見返りを条件に圧力をかけたことを証言しました。特に、トランプ氏への多額献金でEU大使に任命されたソンドランド氏は11月20日の証言では以前の秘密公聴会での発言を翻して、見返りを条件にウクライナ政府に圧力をかけたことを認めました。こうした具体的な証拠が集まっていく中で、下院多数派である民主党は司法委員会で、12月4日からトランプ大統領の弾劾に向けた検証のための公聴会を開催し、その動きをさらに一歩進めることになりました。
一方、香港の自治と人権の擁護を目的とする香港人権・民主主義法案は米議会下院が10月中旬に可決し、11月19日には上院が満場一致で可決しました。法案は一国二制度に基づく香港の自治が機能しているかどうかを検証するために国務省が年次報告書を義務付けるもので、香港で人権侵害に関与した中国当局者らへの制裁も可能にしています。中国外務省は法案が成立すれば、断固反撃するとして報復措置を示唆していました。こうした状況の中で、トランプ大統領としては2020年の大統領再選に向け、中国との貿易協議の合意を実績にしたく、中国を刺激させたくない意向がある一方、上記の下院による弾劾調査の中で、弾劾阻止のカギを握る与党共和党との対立を避ける意味で、トランプ氏が拒否権を行使するのは難しい状況にありました。こうした中で、トランプ大統領は11月27日にトランプ大統領は同法案に署名し、成立することになりました。この背景には、トランプ大統領がこの法案に拒否権を発動しても、上下両院がそれぞれ3分の2以上の賛成で再可決すれば、法案は成立することになり、拒否権を発動しても実質的な効果はないとの判断があったと見られています。加えて、トランプ大統領としては、パソコンなど米国の消費者にも需要の高い中国からの輸入品に12月15日から追加関税第4弾を予定しており、中国政府の報復措置には限界があると見ていたように思われます。いずれにしても、今回トランプ大統領が香港人権・民主主義法案を成立させた意味は大きく、今後の米中貿易協議の行方に不透明感を与えるものとなりました。
(2019年12月1日: 村方 清)