Tuesday, September 1, 2020

株価至上主義がもたらす米国の格差拡大とコロナ死者数急増


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
1.8月の実績
8月の株式市場は追加経済対策への投資家の期待感から上昇相場となったものの、与野党の議論には大きな進展はありませんでした。同時に、急ぎすぎる経済活動再開に伴うコロナウイルス感染者や死者数の増加傾向が続く中で、コロナウイルスのためのワクチンや治療薬の超早期実用化を目指すトランプ政権への過剰な期待感が、投機的思惑による株価の上昇を招くことになりました。主要な動きは以下の通りでした。

8月3日:マイクロソフトなど主力ハイテク株がM&Aなどを材料に買われ、追加の米経済対策の協議進展への期待もあり、236ドル高(0.89%増加)。
84日:追加の経済対策を巡る与野党協議を見極めたいとムードの中で、共和党上院の院内総務が米政権と民主党幹部が支援策で合意すれば案を支持と報じられ、164ドル高(0.62%増加)
85日:ISM5日発表の7月の米非製造業景況感指数が58.1と市場予想の55.0を上回り、かつコロナワクチンの開発進展への期待が広がり、374ドル高(1.39%増加)
86日:アップルやマイクロソフトなど主力ハイテク株が買われたことや米新規失業保険申請件数が前週から減少したことなどから、185ドル高(0.68%増加)
87日:7月の米雇用統計は雇用者増加数が1,760,000人増で、市場予想の1,600,000人増を上回り(失業率は10.2%で前月より0.9%改善)、景気敏感株を中心に買いが優勢で、47ドル高(0.17%増加)。
810日:トランプ大統領が8日に失業給付の増額を含む追加の経済政策を大統領令を発動したことで米景気に対する懸念が後退、景気敏感株を中心に買いが優勢で、358ドル高(1.30%増加)
811日:ワクチン普及で世界経済が正常化に向かうとの期待から買いが先行したが、アップルなど主力ハイテク株を中心に利益確定売りが加速、下げに転じて105ドル安(0.38%減少)
812日:トランプ大統領が11日夕方にモデルナ社から1億本のコロナワクチンの購入を発表、ワクチン実用化の期待から市場心理が改善、290ドル高(1.05%増加)
813日:コロナウイルスに関する追加の経済政策を巡るトランプ政権と米議会の与野党の協議に進展はなく、前日まで続いた高値警戒感から、80ドル安(0.29%減少)
814日:朝方発表の7月の鉱工業生産指数が前月の改定値から3%上昇したことで、米経済の底堅さが意識されたが、15日米中貿易協議を控えているこっともあり、34ドル高(0.12%増加)
817日:追加経済政策を巡る米与野党協議の停滞に加え、米中閣僚級会議が無期延期となったことによる米中対立の懸念から、86ドル安(0.31%減少)。
818日:追加の経済対策に関する米与野党の協議に進展がなく、米景気の悪化させかねないとの懸念が相場の重荷になり、67ドル安(0.24%減少)
819日:午後に発表したFOMCの議事要旨を受けて、コロナウイルス感染による米経済への悪影響が中期的にかなり深刻なリスクになる見解で一致していたことがわかり、米景気回復の遅れが懸念され、85ドル安(0.31%減少)
820日:米新規失業保険申請件数が市場予想以上に増え、景気懸念から売りが優勢になったが、アップル等の主力ハイテク株が買われ、47ドル高(0.17%増加)
821日:米中古住宅販売件数の増加など経済指標の改善に加え、アップルなど大型ハイテク株への買いが続き、191ドル高(0.69%増加)。
824日:FDAがコロナから回復した人の血漿を投与する治療法に特別の許可を与えたことで、経済が正常化に向かうとの過剰な期待感が優勢で、378ドル高(1.35%増加)。
825日:前日に最高値をつけたアップルが利益確定売りに押され、ダウの構成銘柄から除外されたエクソンモービルも売られ、60ドル安(0.21%減少)。
826日:バイオ製薬のモデルナがコロナワクチンの臨床試験で良い結果が出たとの報道で、市場心理が好転し、83ドル高(0.30増加)。
827日:FRB議長が物価が明確に上昇するまで、利上げを見送る考えを強調したこともあり、長期的な低金利政策への期待で、160ドル高(0.57%増加)。
828日:FRBのゼロ金利政策の長期化を背景に、株式市場への資金流入が続くとの思惑から半導体などの景気敏感株を中心に買いが入り、162ドル高(0.57%増加)。
831日:ダウ平均は8月に入り2000ドル超上昇しており、月末最終日に景気敏感株を中心に利益確定売りが優勢で、224ドル安(0.78%減少)。

 
2.米国の雇用状況
米労働省が87日に発表した7月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比1,700,000人の増加で、市場予想の1,600,000人を超えることになりました。5月の雇用者数の確定値は2,725,000人で26,000 人の増加、6月の改定値は4,791,000人で、9,000人の減少となりました。なお、7月の失業率は10.2%で、前月と比べて0.9%改善しました。労働参加率は61.4%で、前月から0.1%減少し、2月の時点から依然として低い水準にあります。7月の時間当たり賃金上昇率は前月比で7セント増加しました。部門別ではレジャー・観光業が592,000人の増加、小売業が258,000人の増加、専門・ビジネスサービス業が170,000人の増加、教育・ヘルス業関連が126,000人の増加となりました。

 
3.コロナウイルス感染問題の米国の悲惨な状況
昨年12月に中国の武漢でコロナウイルス感染問題が発生して以来、感染拡大は世界的規模で広がっています。その中で、最も驚くのは医療技術面では世界で最も進んでいると言われる米国の感染者と死亡者数がそれぞれ約600万人と約18万人で、いずれも世界の総数の20%を超えて群を抜いていることです。米国にとって戦後最大のベトナム戦争での死者数が93カ月で約58,000人であった事実からすれば、約7カ月間で3倍以上の死者数が出ていることについては、世界有数の先進国とされる米国の異常さを感じさせます。

米国のコロナウイルス感染問題がここまで悲惨な状況になっている最大の原因は、国のリーダーであるトランプ大統領が科学的な知識に欠けており、初期の段階から、誤った指示を出してきたことが大きいと見られます。コロナウイルスの深刻さから専門家グループから何度も、日常生活において外部との距離を保つことやマスクの着用が必要との勧告を受けていたにもかかわらず、そうした警告を軽視して、従来通りに経済活動や日常生活の維持を奨励してしまったことが多数の感染者と死者を発生させてしまったと思います。それと同時に、深刻なコロナウイルス感染問題に対して、無知、無能、無責任なトランプ大統領の誤りを正すことなく、追随してしまう州政府や州民が多いことも米国でのコロナウイルス感染者数や死者数を加速させる原因になっていると思います。

 
4.株価至上主義がもたらす格差拡大とコロナ死者数急増
更に、米国で感染者数や死者数が急増している背景には、米国の資本主義に特有の株価至上主義に象徴される富裕層や大企業を優遇する政策を当然視する風潮があり、それに基づく所得格差や医療格差を容認してしまう考えが米国民の多くに受け入れられていることにも大きな問題があるように思います。特に、こうした傾向は20089月のリーマン破綻後、米国の株式市場が実体経済を反映せず、中央銀行である連銀の低金利政策や量的緩和策による過度な過剰流動性に支配される投機相場となり、20171月に成立したトランプ政権下で、株式市場の投機性が一段と高まってしまったように見られます。今の株式市場は理論がある程度成り立つ業績相場とは異なり、中央銀行や政府のアナウンスメント効果によって、より大きく変動する完全な投機相場の様相を帯びています。

ビジネス経験が長いとされるトランプ大統領ですが、その多くはホテル、高級コンド、ゴルフ場などの投機性の高い不動産の開発プロジェクトであり、彼自身も6回の破産に追い込まれています。不動産開発プロジェクトで失敗したトランプ氏が最後に頼ったのはドイツ銀行を通じてオリガーキと言われるロシアの新興財閥の違法性のある資金でした。こうした投機性の高いビジネスを中心に展開してきたトランプ大統領の経験からすれば、経済優先、特に株価上昇を優先させる政策が最重要となってしまいます。また、彼の考え方の中には常に自己利益を最優先する主義があり、約2000万人の無保険者に道を開いたオバマケアの撤廃だけでなく、究極的にはソーシアルセキュリティーシステム(公的年金制度)も廃止していく方向が示されています。

そして、今は113日の大統領選挙を控え、バイデン候補にリードされている状況の中で、ワクチンの開発に多額の予算をつけたり、安全性が十分確保されていない治療薬について、政府機関に圧力をかけ、早期使用を認めさせるなどを要求しています。実体経済との関係が薄れた株式市場の投資家もそうした表面的なニュースを歓迎し、投機性を一層高め、人命が深く関わっているコロナウイルス感染問題の深刻さを軽視する結果になっているように思われます。

 
5.バイデン氏を正式指名した民主党大会とトランプ党になった共和党大会
817日から20日まで行われた民主党全国党大会で、最終日の820日にバイデン前副大統領は113日の大統領選挙の民主党候補として正式指名を受託しました。今回の民主党全国党大会は本来は7月にウイスコンシン州のミルウォーキーのFiserv Forumで従来と同じように行われる予定でしたが、コロナウイルス感染拡大問題が深刻になっていることもあり、サイズを縮小し、Wisconsin Centerでライブと録音を併用しながら、全米に放送される形で行われました。

バイデン候補の指名受託演説はデラウェア州のウイルミントンのChase Centerからほぼ無観客で行われましたが、演説の中で、トランプ大統領の下で、米国民が感染拡大や経済苦境に翻弄されているのは国家的災厄として強く非難、現職大統領は国に対する最も基本的な責務を怠っており、自分が当選すれば大統領として米国を守ると約束すると明言しました。また、現職のトランプ大統領は米国を長きにわたり、暗黒で覆い隠したとして、自分が当選すれば暗闇ではなく、光の同盟に属すると強調、当選すれば、全ての米国民の代表になると訴えました。

米国のコロナウイルス感染者数と死者数は現在600万人と18万人を超え、世界最悪であることに関連して、トランプ氏が再選されれば米国の感染状況や経済的苦境が長引くことになると警告、トランプ氏がウイルスが消えるであろうと言い続けているが、奇跡は起きない。トランプ大統領には未だに克服するためのプランがないと強く批判しました。バイデン氏は自分が当選すれば、初日に独自のコロナ対策プランを実行に移し、流行抑制を目指して全米でマスクの着用義務化や迅速な検査体制を導入する他、国内に医療物資を備蓄し、学校が安全に再開できるようにすると述べました。
更に、バイデン氏は経済成長の促進に向けた道路や橋、ブロードバンドなどのインフラ建設計画など幅広い政策課題を掲げ、社会保障制度の保護拡大への方針を示し、さらに気候変動問題への取り組みがクリーンエネルギーで世界をリードする機会になるとも述べました。

なお、オバマ大統領はトランプ政権の下で米国の民主主義が危機的な状況になっており、これを正すには米国民が自らの責務で投票することが必要で、コロナウイス感染拡大で郵送投票者数が過去最高になる見通しを踏まえ、早期に投票するように呼びかけました。
一方、825日から開催された共和党は第一日目に現職のトランプ氏とペンス氏を今年113日の大統領候補と副大統領候補に指名しましたが、従来実行してきた共和党の綱領の採択を見送りました。また、ゲストスピーカーにこれまでのように、ブッシュ父子を含めて共和党出身の大統領が出ることもなく、共和党という党の実態が大きく変化してしまったことを窺わせるものでいした。更に、827日に、米国民全体の資産とされるホワイトハウスのローズガーデンで、自らの指名受託演説を行うなど前代未聞の不祥事を起こしました。加えて、2000人近い観客の大半がマスクをせず、ソーシャルディスタンスを守らない無責任な集会となりました(翌日のニューハンプシャーのトランプ遊説演説でも同じことが起きていました)。

ニールセンの調査によれば、民主党大会と共和党大会では4日間の内3日間でテレビの視聴者数は民主党大会が上回り、最終日の両候補の指名受託演説でも、バイデン候補が2460万人で、トランプ候補の2160万人を300万人以上多かったとしています。
なお、共和党内部で、従来共和党の主流派を支えてきたグループが現在ではリンカーンプロジェクト・グループを作り、トランプ候補ではなく、バイデン候補を支援しているなど、今までに前例のない出来事となっています。

いずれにしても、113日の大統領選挙で人命より表面的な株価動向を重視するトランプ大統領にノーを突き付けらえるかという点で、これからの2か月間、コロナウイルス感染問題の行方と共に、投機的な株式市場離れがどの程度進むかのが大統領選挙の鍵になっていくものと見られます。
          (202091日:村方 清)