1.12月の株式市場
12月の株式市場は、欧州については13日の欧州財務相会議で、ギリシャに対する支援融資や欧州中央銀行の大手銀行監督権限の付与を決めるなどの前進があったものの、銀行破綻処理メカニズムや連帯基金は今後の課題と位置づけられ、さらに、イタリアでモンティ首相が辞任を表明するなど混乱が見られました。一方、米国については“財政の崖”問題 をめぐるオバマ大統領と議会関係者との度重なる議論にもかかわらず一致点が見つけられず、市場も不安定な状況が続きました。そして、12月31日に富裕層の増税と自動歳出削減を2ヶ月延長する合意が上院でまとまりました。市場の主要な動きは以下の通りでした。
12月3日:米サプライマネジメント協会(ISM)が発表した10月の製造業景況指数が市場予想を下回って、前月比2.2ポイント低く、3年4ヶ月ぶりの低水準である49.5となったことから、ダウ平均価格は60ドル安(0.46%減少)。
12月5日:“財政の崖”に関する与野党協議がまとまる期待で、88ドル高(0.64%増加)。
12月7日:米政府発表の11月の雇用増加数は17万1000人で、市場予想の9万人を大幅に上回ったことから(失業率も7.7%に減少)、81ドル高(0.62%増加)。
12月11日:オバマ大統領と共和党との“財政の崖”をめぐる協議が進展しているとの報道や12月のドイツの景気予報指数が改善したことから、79ドル高(0.60%増加)。
12月12日:米連邦理事会が量的緩和策の強化を決めたものの、目先の利益を確保する目的の売りが優勢で、3ドル安(0.06%減少)。
12月13日:ベイナー下院議長の発言で“財政の崖”の懸念から75ドル安(0.56%減少)。
12月14日:米国と中国の製造業に関する経済指標の改善があったものの、“財政の崖”をめぐる与野党協議が停滞し、見通しの不透明感から、36ドル安(0.27%減少)。
12月17日:共和党のベイナー下院議長がオバマ大統領に所得100万ドル以上の富裕層への所得税率引き上げを受け入れるなど歩み寄りを示したことから、“財政の崖”への警戒感が後退したことから、100ドル高(0.76%増加)。
12月18日:“財政の崖”をめぐる民主・共和両党の歩み寄る姿勢により、合意が近いとの期待感から116ドル高(0.90%増加)。2営業日連続で100ドル以上の上昇は5ヶ月振り。
12月19日:共和党のベイナー下院議長の発言から、“財政の崖“について与野党協議が近くまとまるとの期待感が後退し、99ドル安(0.74減少)。
12月20日:ベイナー下院議長の発言を受けて、”財政の崖”を回避する与野党の動きが前進するとの期待から、60ドル高(0.45%増加)。
12月21日:ベイナー下院議長が前日に予定していた“財政の崖“関連法案の採決を、同じ共和党の反対から断念したことから、警戒感が強まり、121ドル安(0.91%減少)。
12月28日:“財政の崖“の警戒感から、目先利益の売りが優勢で158ドル安(1.23%減少)。
12月31日:”財政の崖”をめぐる与野党の協議が進展、大統領や共和党のマコネル上院院内総務の前向きの発言があり、6日振りに反発して、166ドル高(1.26%増加)。
2.問題先送りの欧州市場
欧州財務相会議は12月13日に、ギリシャ政府の民間債権者からの300億ユーロの国債買戻し目標額が達成されたことを踏まえ、来年3月末までに491億ユーロの融資を行なうことを決定しました。また、同じ会議で、欧州中央銀行(ECB)に欧州域内の大手銀行監督権限を付与することでも合意しました。しかしながら、その後で開かれた欧州首脳会議では銀行破綻処理メカニズムを導入する方針は示されたものの、その具体策は明確ではなく、また、一時的な経済困難に陥った国に対する支援の“連帯基金”の創設についても、基金の詳細を来年6月までに詰めることだけを合意するに留まりました。この背景には、銀行破綻処理や連帯基金について、新たな資金負担を求められかねないドイツの強い反対がありました。来年9月に総選挙が予定されるドイツのメルケル首相としては新たな負担を伴う措置には現時点で応じたくないとの政治判断があったものと見られています。
一方、イタリアではモンティ首相が12月8日に2013年度予算成立後に辞意を表明したことで、10日の債権市場が再び動揺、イタリア国債は10年もの国債が28ベーシスポイント上昇し、4.823%になりました。モンティ首相が辞任する意向を表明したのはベルスコーニ前首相が率いる自由国民党(PDL)がモンティ政権を支持する姿勢を撤回、信任投票を棄権したことが原因ですが、ベルスコーニ前首相はモンティ首相による緊縮政策を厳しく批判、次の総選挙で政権を奪還することを目指したいとしています。来年2月24,25日に予定される総選挙で、ベルスコーニ前首相が率いるPDLが中動左派の民主党(PD)に勝つ可能性は低いと見られるものの、PDがイタリアにとって不可欠な不人気な緊縮政策を推進できるだけの議席を獲得できない恐れも指摘されています。いずれにしましても、経済停滞から公的債務が急増しているスペインと共に、今回のイタリアの政治的な混乱は、2013年における欧州の債券市場を極めて不安定にさせかねない要因になりそうです。
2012年全体の欧州市場を振り返ってみますと、前半は債務危機が続いているギリシャで支援の前提となる緊縮財政策への国民の強い不満から、5月の総選挙で野党の躍進からユーロ離脱の可能性が指摘されるなどの緊張状態が高まりました(6月の再選挙で、ようやく緊縮派が過半数を獲得)。また、不動産バブル崩壊で金融機関や地方政府の不良債権が急増したスペインで、大手銀行の資本不足問題が顕在化、欧州連合はスペイン政府の強い要請を受け、6月に政府の追加の緊縮策を伴わない銀行への直接的な資本注入に合意しました。加えて、9月に欧州中央銀行のドラギ総裁が無制限の国債購入策を決定したことにより、欧州市場は一時的な安定を取り戻しました。しかしながら、欧州連合の機能強化が図られる一方、南欧諸国を中心に経済の停滞と高失業率が続いている状態には変わりなく、これらの国の政治的な混乱が市場の不安定化をもたらす状況が2013年以降も続くものと見られます。
3.連銀の量的緩和策強化
米連銀公開市場委員会は12日の会合で、短期国債を長期国債に入れ替えるツイストオペが12月末で終了した後、来年初めから月450億ドルのベースで長期国債を購入し、景気の下支えを行うことを決定しました。加えて、インフレ率の見通しが2.5%を超えない範囲において、失業率が6.5%程度まで安定するまで、現状のゼロ金利政策を続けることを公約しました。最初の点については、今年9月に住宅ローン担保証券を毎月400億ドルずつ購入するQE3を決めており、今回の国債買い入れ策と合わせると、合計850億ドルの資産購入規模を維持することになります。
今回、ツイストオペに変え、長期国債を購入することにした理由について、バーナンキ連銀議長は公開市場委員会後の記者会見で、連銀が直接に長期国債や住宅ローン担保証券を購入することで、市場も関連する証券への投資を強め、経済刺激が起きやすくなるとしています。また、ゼロ金利政策の維持期間について6.5%と言う失業率の数値を示したことを、経済状態と金利の関係を明示的に伝えることで一般国民にとっての理解度が高まるとしています。さらに、量的緩和とゼロ金利の解除条件の違いについて、資産購入政策にはその効果と副作用が解明されていないこともあり、今後時間をかけて学んでいく必要があり、その一環として、労働市場が十分に改善されない限り、資産購入を続けるという質的な条件を付けたことを説明しました。その一方、金利政策は既によく理解されており、目安の示し方が変わっても、ゼロ金利政策を2015年半ばまでという見通しは変わっていないとしました。最後に、財政の崖に突入した場合の影響について、米経済には著しい向かい風で、失業率にも悪影響が出てことになるが、連銀が“財政の崖”による悪影響の全てを相殺することはできないと伝えました。その上で、議会と現政権が解決策を見つけることが長期的な財政安定だけでなく、現在進行中の経済回復を頓挫させないためにも重要としました。
4.“財政の崖”問題の回避
12月に入り、オバマ大統領と民主・共和の両党幹部による“財政の崖”問題を回避するための議論が続けられました。当初議会を指導すると見られた共和党のベイナー下院議長が12月21日に年間所得1百万ドル以上の富裕層のみに旧来の税率を適用とする案を下院で通過させようとしたものの、同じ共和党内部で一切の増税に反対するティーパーティーグループの抵抗で採決に至りませんでした。
このため、何としても”財政の崖”問題を回避したいとするオバマ大統領が12月28日に議会関係者に対して米国民の98%近いミドルクラスの減税延長を軸に取りまとめることを強く要請しました。これを受けて上院を中心に、自らも長い上院議員であったバイデン副大統領と共和党のマコネル院内総務が交渉を続けた結果、富裕層の増税と自動歳出削減の2ヶ月延長を内容とする案が31日にまとまりました。具体的な合意内容は年収40万ドル以上の個人及び45万ドル以上の家計の富裕層を対象にクリントン政権時の税率39.6%を適用すること、配当やキャピタルゲイン税を現行の15%から20%に引き上げること(オバマケアの税金3.8%を含めると23.8%)、遺産税については5百万ドル以上を対象として税率を35%から40%に引き上げることなどとなっています。なお、自動歳出削減については共和党側の強い要求があり2ヶ月だけの延長が決まりました。なお、上院はこの法案を12月31日に承認したものの、下院は承認が1月1日になったため、一時的に崖から転落し、形式上は全国民が増税の対象となりました。しかし、法案は減税が遡って適用されることになり、米国民に対する悪影響は避けられることになっています。
今回、期限ぎりぎりで”財政の崖”問題を回避できたことは富裕層への減税廃止を公約にしていたオバマ政権にとって望ましいものとなりました。しかし、一方で自動歳出削減の期限が2ヶ月間に限って延長されたことは、同じ時期の3月初めに、現在16兆3400億ドルとされる連邦政府の借り入れ限度額の引き上げ問題が生じる可能性が高く、オバマ政権は再び議会、特に共和党が過半数を占める下院との間で、再び2011年8月に起きた厳しい対立が起きることが予想されます。
(2013年1月2日: 村方 清)
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