Saturday, December 1, 2018

中間選挙後のトランプ政権の経済運営と市場への影響















111月の株式市場
11月の株式市場は、116日の中間選挙まではトランプ政権の政策への期待が高く、株式市場は上昇傾向が続きました。しかし、選挙の結果、上院は過半数を維持したものの、下院は与党が約40の議席を失い、今後のトランプ政権の経済運営の厳しさを予想させることとなりました。但し、月末はFRB議長の利上げ慎重発言などから、上昇傾向が続きました。主要な動きは以下の通りでした。

111日:米中首脳が貿易摩擦問題の打開に向けて協議することで一致したとの報道に加え、化学のダウ・デュポンなど主要企業の四半期業績が好調で、ダウ価格は265ドル高(1.06%増加)。
112日:10月雇用統計で雇用者増加数が250,000人増で市場予想の190,000人増を大きく上回り(失業率は3.7%で同水準)、賃金上昇率も年率3.1%に上昇、長期金利上昇への警戒感が高まり、110ドル安(0.43%減少)。
115日:IBMやシェブロンが買われ、相場を押し上げ、191ドル高(0.76%増加)。
116日:IBMやキャタピラーなどの銘柄が買われ、173ドル高(0.68%増加)
117日:中間選挙の結果が予想通りとして、投機性が高まり、545ドル高(2.13%増加)。
118日:前日に大きく上昇した反動やFOMCの声明文で段階的な利上げの継続方針が出たことで、利益確定の売りも多く出たが、年末に向けた株高への期待で、11ドル高(0.04%増加)。
19日:FOMCの利上げげ継続観測が重荷となり、さらに原油先物相場の下落を受けた世界景気の減速懸念から、投資家がリスク回避姿勢を強め、202ドウ安(0.77%減少)。
1112日;販売減速懸念のアップルが5%下落、他のハイテク株も売られ、更にマレーシアでの資金流用問題が指摘されるゴールドマンサックスも7%強の下落で、602ドル安(2.32%減少)。
1113日:飛行制御システムに問題があったボーイングが大幅に下落、原油先物相場も下落したため、101ドル安(0.40%減少)。
1114日:中国景気の減速や原油先物相場の低迷で、売りが優勢となり、アップルや金融株の下げで、206ドル安(0.81%減少)。
1115日:一時売りが先行し300ドル近く下げたが、米中貿易交渉の進展を期待させる報道から買いが優勢になり、208ドル高(0.83%増加)。
1116日:米中貿易問題について、中国側が追加関税を課さない可能性を示唆したとのトランプ大統領の発言で、警戒感が薄れ、また長期金利も低下し、124ドル高(0.49%増加)。
1119日:アップルを始め大手IT株が売り込まれたこと、米中貿易摩擦の先行き不透明感が増したこと、住宅関連の指標が落ち込んだことなどで、396ドル安(1.56%減少)。
1120日:販売不振のアップルの売りが続いていること、原油安で石油株も下落、利ザヤ縮小で金融株の下落などで、552ドル安(2.21%減少)。年初来の騰落率で再びマイナス。
1121日:一時大きく売られた銘柄を中心に買いが入ったが、米中貿易摩擦問題の行方や世界景気減速への懸念から、取引終了時にかけて伸び悩み、1ドル安(0.00%減少)。
1123日:原油先物相場の下落で石油株が大幅に下げ、長期金利の低下で金融株も売られ、業績懸念のアップルも4日連続で下落、179ドル安(0.73%減少)。
1126日:年末商戦が好調な滑り出しになったことや原油安が一服したことなどから、幅広い銘柄に買いが入り、354ドル高(1.46%増加)。
1127日:米中貿易交渉の期待から、108ドル高(0.44%増加)。
1128日:パウエル連銀議長の発言で、利上げ打ち止めが近いとの思惑や今月末に予定される米中会談で米中間の貿易摩擦問題に進展が見られるとの期待から、618ドル高(2.50%増加)。
1129日:前日に急伸した反動で目先利益を確定する売りが優勢で、28ドル安(0.11%減少)。
1130日:121日の米中首脳会談での貿易交渉進展への期待で、200ドル高(0.79%上昇)。

2.米国の雇用状況
米労働省が112日に発表した10月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比250,000人の増加で、市場予想の190,000人増を大きく上回りました。8月の雇用者数の確定値は286,000人で16,000人の増加、9月の改定値は118,000人で16,000人の減少となりました。今回の結果を踏まえた過去3カ月間の雇用者平均増加数は約218,000人で、好調の目安とされる平均増加数の200,000人を上回りました。なお、9月の失業率は3.7 %で、前月と同水準でした。労働参加率は62.9%で、前月から0.2%上昇しました。10月の時間当たり賃金上昇率は前月比5セント増加で、前年同月比では3.1%増となりました。部門別ではレジャー・ヘルスケアが42,000人の増加、建設業が30,000人の増加、製造業が32,000人の増加となりました。

3.中間選挙の結果-トランプ政権への厳しい批判
116日に中間選挙が行われ、直後にトランプ大統領は与党の共和党が上院で過半数を維持したことで大勝利と発言しましたが、時間が経過するにつれ、トランプ政権にとって極めて厳しい結果となりました。上院については、与党の共和党が53議席で選挙前の51議席から2議席増加したものの、共和党の非改選が42議席もあったことよりすれば、決して大きく議席数を増加させたとは言えない状況でした。

厳しい結果となったのは下院で、定足数の435議席が全て改選の対象となり、民主党は235議席で選挙前の195議席から40議席増加、共和党は200議席に留まりました。同時に州知事選挙についても、改選された36州の選挙で、民主党が議席数を伸ばし、改選前の16人から23人となる一方、共和党は33人から27人に減少しました。

今回の選挙の特徴は、投票率が47%と従来の中間選挙より大幅に増加、若者や女性の参加が激増したことでした。そうした中で、民主党が下院で大幅に躍進した理由は、下院の全議席が選挙の対象となり、米国民の意見がより反映されやすく、多くの女性票が反トランプに流れたこと、かつ米国民の関心は医療費関連が41%で最大、トランプが強調した移民問題は23%、経済問題は21%でしかありませんでした。この分野でトランプや共和党がオバマケアに対抗できるような魅力的な医療保険制度を提示できなかったことが下院の大敗になったと見られています。

民主党は下院で過半数を取ったことにより、全27委員会の委員長ポストを独占、トランプのロシア疑惑問題だけでなく、税申告問題、メインバンクであるドイツ銀行との取引の実態、トランプ所有のホテルの外国要人使用問題(憲法規定のEmoluments条項違反)などの調査が大きく進むものと見られます。

今回の選挙後、トランプ大統領はインフラ投資などで、下院で多数派となった野党の民主党と協調する姿勢を示しましたが、一番大きな問題は財源で、2019年度には1兆ドルを超えると見られる財政赤字の中で、両党の合意が得られるかは全く見通しが立ちません。最近の報道では、トランプ大統領は財政赤字の深刻さに懸念を抱き始め、議会関係者に歳出抑制を指示したと言われていますが、今回の財政赤字の主要な原因は昨年12月の企業や富裕層に対する大幅な減税であったことに対する認識が極めて低いことが大きな問題になります。。

4.FOMC会合とパウエル連銀議長の発言への反応
FOMC会合が11月7-8日に開催され、会合後の声明要旨で以下のようなことが伝えられました。前回9月のFOMC会合後に得た情報によれば、雇用増はここ数か月平均すると力強く、失業率は低下した。家計支出は力強く拡大したが、企業の設備投資は今年前半の高い伸びと比べ緩やかになった。全般的なインフレ率及びエネルギーと食品を除くインフレ率はいずれも、前年同期比ベースで2%付近で推移している。長期のインフレ予想を示す指標は総じあまり変わっていない。

法律で定められた使命を達成するため、FOMCは雇用の最大化とインフレ率の安定に努める。FOMCはフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標レンジをさらに段階的に引き上げることは持続的な経済成長、力強い労働市場の情勢、中期的に目標の2%前後付近のインフレ率と整合すると予測している。景気見通しのリスクはほぼ均衡してきているようだ。

FOMCでは労働市場の情勢とインフレ率の実績と見通しを踏まえ、フェデラルファンド(FF)金利の誘導目標レンジを2.02.25%に据え置くことを決定した。
FF金利の誘導目標を調整する今後の時期と規模を判断するにあたって、FOMCは雇用の最大化とインフレ上昇率2%という目標との比較で経済情勢との実績と見通しを評価していく。労働市場状況に関する指標、インフレ圧力、インフレ予想の指標、金融動向や国際情勢を含めた幅広い情報を考慮して判断していく。

今回の決定はパウエル議長やウイリアムズ副議長を含む9人のメンバーの賛成による。

連銀は8日のFOMC会合で金融政策の現状維持を決め、追加利上げを見送りました。その一方、米国経済は大型減税で成長率が3%台に高まり、物価上昇率も目標の2%に達しており、これを踏まえて、声明文では更なる利上げが正当化されるとして、改めて言及、12月の次回会合で追加利上げに踏み切る可能性を示唆しました。

なお、今回のFOMCの結果発表後は、金利を据え置いたことや前日に大きく上昇したこともあり、ダウは11ドル高に留まりました。

一方、1128日にはパウエル連銀議長はニューヨークで講演し、当面の利上げの継続をにじませながら、政策金利が「中立金利」に近いと言及し、利上げの停止時期を慎重に見極める考えを示唆しました。市場はこの発言が利上げ打ち止めが近いとの思惑から、618ドル高となりました。

5.英国とEUの離脱合意
英国政府とEU1125日に英国のEU離脱交渉に関し、2つの点を中心とする合意案を正式に決定しました。それによれば、最初の離脱協定案では、離脱後も2020年末までは英国をEUの単一市場・関税同盟に残留させる「移行期間 を導入、さらに必要ならば最長2年、一回限りの延長を認めることを織り込みました。これにより、英国は移行期間中、EUとの間で関税同盟のメリットを受けられるものの、一方で英国はEUの法律やルールに従わざるをえず、更にEUへの財政負担を求められることになります。次に、2つめの政治宣言案は、離脱後の通商交渉について、包括的な自由貿易圏を目指すとしながらも、FTAを軸としたいEUETAよりも深い関係を築きたい英国との間の溝は以前埋まっていない状況です。最後に、交渉が難航してたアイルランド国境問題も決着を先送りし、移行期間が終わるまでに具体策を見つけることになりました。

実質上、重要事項を先送りした今回の合意案は1211日に予定される英国議会での承認が必要になりますが、与党・保守党の強硬派の立場からすれば、この合意案では離脱が名ばかりになる恐れがあります。一方、議会が承認しなければ、20193月以降は合意なく離脱となり企業活動や国民生活が大混乱する恐れがあります。いずれにしても、議会の承認が得られるかどうかによって、英国は以前として困難な状況が続くことになります。
        2018121日: 村方 清)

 

Thursday, November 1, 2018

トランプ政権の政策矛盾と市場の不安定化















110月の株式市場
0月の株式市場は102日にダウが史上最高の26,951ドルを達した後、トランプ政権の財政政策による長期金利上昇や貿易摩擦問題による企業業績悪化などから、下落傾向が続き91010日には832ドルの下落)、10月末ではピークから約5%の低下となりました(20161月以来の大きな下落)。主要な動きは以下の通りでした。

101日:北米自由貿易協定(NAFTA)の見直し交渉で米国とカナダが合意、投資家心理が改善、貿易交渉の影響を受けやすい株式銘柄に買いが優勢で、ダウ価格は193ドル高(0.73%増加)。
102日:NAFTA見直し交渉の合意を受けて、海外事業の比率が高いキャタピラーやボーイングなどが買われ、123ドル高(0.46%増加)
103日:ADP全米雇用レポートで非農業部門の雇用者数が前月比23万人増と市場予想を上回ったことや
イタリア政府の財政懸念の後退もあり、54ドル高(0.20%増加)。
104日:前日に米長期金利が7年振りの水準に達して、米金利の急上昇に対する警戒感が高まったことで、201ドル安(0.75%減少)
105日:9月雇用統計で雇用者増加数が134,000人増で市場予想の185,000人増を下回ったものの(失業率は3.7%まで低下)、賃金上昇率が2.8%などで、長期金利上昇への警戒感が高まり、180ドル安(0.68%減少)。
108日:金利上昇を警戒したハイテク株の売りが続いたが、午後に持ち直し、40ドル高(0.15%増加)。
109日:米中の貿易摩擦や中国経済の減速への警戒感から、キャタピラーなど中国売り上げ比率が高い銘柄を中心に売りが優勢で、56ドル安(0.21%減少)。
1010日:米長期金利の上昇を受けて、割高なハイテク株が大きく売られ、加えて米中貿易摩擦の長期化が意識され、投資家のリスク回避の姿勢が強まり、832ドル安(3.15%減少)。
1011日:米中貿易摩擦の悪影響への投資家の警戒感に加え、原油先物相場の下落に伴う石油株の売りも重なり、546ドル安(2.13%減少)。
1012日:アップルやアマゾン等のハイテク株心に買いが広がり、287ドル高(1.15%増加)。
1015日:アップルなどの多くのハイテク株が下落、89ドル安(0.35%減少)。
1016日:米長期金利の上昇が一服したことやゴールドマン・サックス、ユナイテッドヘルスの四半期決算が好調であったことで、548ドル高(2.17%増加)。
1017日:前日に急騰した反動の売りと利上げ観測で、92ドル安(0.36%減少)。
1018日:中国景気の減速に加え、米長期金利の先高観を反映したハイテク株の売りも続いてことから、327ドル安(1.27%減少)。
1019日:前日に大きく下落した反動で、自律的な反発を見込んだ買いが優勢で、65ドル高(0.26%増加)。
1022日:イタリアの財政懸念から銀行家が売られ、原油先物相場の下落から石油株も売られ、127ドル安(0.50%減少)。
1023日:中国関連株のキャタピラーや3Mなどの四半期業績が不振で、一時548ドルの下落をしたが、取引終盤に下げ幅が縮小し、126ドル安(0.50%減少)。
1024日:10月のユーロのPMIの総合指数が52.7に低下、米中貿易摩擦の長期化による世界経済の不透明感を強く意識され、608ドル安(2.41%減少)。
1025日:四半期決算が好調であったマイクロソフトとクレジットカードのビザが大幅に上昇し、投資家心理が改善、401ドル高(1.63%増加)。
1026日:四半期決算が不調であったアマゾンやグーグルが大幅に下落、アップルやフェースブックにも売りが広がり、296ドル安(1.19%減少)。
1029日:11月の米中首脳会談が不調の場合、トランプ政権が中国からの全輸入品に追加関税を発動との方針が伝えられ、貿易摩擦の影響を受け安い銘柄が売られ、245ドル安(0.99%減少)。
1030日:トランプ大統領が中国との貿易摩擦問題で折り合うとの姿勢を示したと伝えられたことや四半期業績が好調であったコカ・コーラなどの銘柄が上昇し、432ドル高(1.77%増加)
1031日:四半期業績が好調であったフェイスブックが大幅に上昇、これに伴い主力ハイテク株に買いが優勢となったこと、長期金利の上昇で金融株も買われ、241ドル高(0.97%増加)。

2.米国の雇用状況
米労働省が106日に発表した9月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比134,000人の増加で、市場予想の185,000人増を下回りました。7月の雇用者数の確定値は165,000人で18,000人の増加、8月の改定値は270,000人で69,000人の増加となりました。今回の結果を踏まえた過去3カ月間の雇用者平均増加数は約190,000人で、好調の目安とされる平均増加数の200,000人を下回りました。なお、9月の失業率は3.7 %で、196912月以来の低い水準となりました。労働参加率は62.7%で、前月と同水準でした。9月の時間当たり賃金上昇率は前月比8セント増加で、前年同月比では2.8%増となりました。部門別ではヘルスケアが26,000人の増加、建設業が23,000人の増加、製造業が18,000人の増加となりました。

3.トランプ政権による財政赤字の拡大
連邦議会予算局が発表した2018年度(201710月から20189月まで)の財政赤字は約7820億ドルで、前年度の約6660億ドルを1160億ドル上回る過去6年間で最悪となる見通しとなりました。この数字は米国GDP3.9%となり、前年度の3.5%から拡大しました。現在、米国の累積財政赤字額は21.5兆ドルに達しており、2018年度の場合、5230億ドルが金利支払いに充当されたといわれています。いずれにしても、昨年12月にトランプ大統領と共和党が成立させた15000億ドルの大幅減税は、その後のインフラ投資を重点とする約600億ドルの追加財政支出と共に、短期的に経済を活発化させるものの、中長期的に米国の財政赤字が長期金利の上昇となって、米国経済を停滞させていくことになりかねません。

これに関連して、共和党のマッコウネル上院院内総務は今後予想される財政赤字の拡大に対しては、ソーシャルセキュリティーやメディケアのなどの社会保障制度予算の大幅見直しが必要になるとの見方を示しました。2018年度の財政赤字拡大はトランプ大統領と共和党が成立させた大企業や富裕層への大幅減税が大きな原因であったにもかかわらず、そのことに言及することなく、既に医療保険の高騰や既往症の保険適用などで一般の米国民に大きな悪影響を与えている社会制度について、大きな見直しを主張する共和党の姿勢には米国民の間に強い反発を起こしています。

4.トランプ政権の政策矛盾と市場の不安定化
1010日にダウが832ドル下落した後、トランプ大統領はFRBが金利引き上げを急ぎすぎることが原因で、FRBはアウトオブコントロールになっていると強く非難しました。政治からの独立性が保たれているはずのFRBに対して、現職の大統領が批判するのは異例となっています。株価上昇を前提に支持を維持・拡大しようとしてきたトランプ大統領は116日の中間選挙を意識しすぎる余り、米国経済の状況を正確に理解していないように思えます。

米国経済は完全雇用に近い状態にあり、追加の財政政策が必要とされていなかった状況にもかかわらず、前述のようにトランプ大統領は昨年12月に連邦議会与党の共和党と組んで、10年間で15000億ドルの大幅減税を成立させました。また、2018年に入り、更に景気刺激を図るために、軍事とインフラ投資の拡大を重点とする約600億ドルの追加歳出法案も成立させました。グリーンスパン元連銀議長はこうしたトランプ政権の政策を景気の過熱を煽るだけで全く不必要と批判しましたが、選挙を強く意識するトランプ大統領はこうした批判に全く聞こうとはしませんでした。そして、こうした景気の過熱状態を反映したのが長期金利で、10年物米国債の金利は昨年12月の2.4%から今年10月初めの3.1%まで上昇するようになっています。一方、短期金利の決定に責任を持つFRBは賃金上昇率やインフレ率の動きを見ながら、FF金利の水準を決めています。今年2回、FF金利の引き上げを決定したFRBFOMCはそうした実体経済の指標の動きを見て判断したものです。更に、トランプ大統領の追加の財政政策は2018年度の財政赤字を過去6年間で最大の規模としていますので、この点からも10年物国債の金利が上昇するのは当然のこととなります。

CNBCのアナリストであるSteve Liesman氏が1011日にテレビ番組で、アウトオブコントロールになっているのはFRBではなく、トランプ大統領自身でないかとコメントしていました。また、同じ日に、債券投資専門家であるJeffery Gundlach氏はトランプ政権による自らの政策が長期金利の上昇を招いているにもかかわらず、FRBを非難していることをキツネのように常軌を逸していると批判しました。こうした専門家の見方が正しいように思えます。

また、トランプ政権の米国第一主義に基づく貿易政策についても、米国企業がグローバルな生産コストを比較しながら、長期間かけて築き上げてきたグローバルなサプライチェーンを全く無視して、相手国が米国に対して過剰な輸出超過を抱えるのは許せないというのは経済合理性を欠いた政治的なスローガンとしか言いようがありません。

いずれにしても、米国の株価が高水準にある時に更なる株価の上昇を自己の政権維持に必要と考えるトランプ大統領を選んだことは、米国経済の健全な発展にとって不必要な財政政策や貿易政策を主張・実行しているだけで、米国の株式市場を究極的に大きく下落させていくように思われます。

5.国益より私益優先のトランプ大統領
サウジアラビア出身で、ムハンド皇太子によるサウジアラビア政権の運営を繰り返し批判してきたカショギ記者がトルコのイスタンブールにあるサウジアラビアの領事館で殺害された事件をめぐり、サウジアラビア政府に対するトランプ政権の対応の鈍さが問題になっています。本来、米国は言論の自由を最も重視する民主国家のリーダーであったはずですが、トランプ大統領はサウジアラビアが巨額の武器輸出先で米国内の雇用増加に与える影響が大きいことなどを理由に最初から慎重姿勢を変えず、サウジアラビアに対する厳しい制裁措置を取っていません。しかしながら、トランプ大統領にとっては、不動産ビジネスで富を築き上げる上で、サウジアラビアの王室や富豪が重要な顧客であったことや現在もトランプ不動産グループにとって深いつながりがあることの方が重要な要因になっているように見られます。

2016年の大統領選挙に関連して、共和党の泡沫候補と言われたトランプ氏をロシアのプーチン大統領が支援した背景には、クリミア併合によって米国がロシアに対して課した経済制裁の解除を実行できる候補として、不動産ビジネスでロシアのオリガーク達と深い関係のあることが大きな理由となったと見られています。

世界経済に最も影響が大きい米国の大統領が国益より私益を優先させれば、米国の同盟関係を歪めるだけでなく、敵対国の利益が助長される結果になりかねません。いずれにしても、現在は、こうしたトランプ大統領の政策運営に疑問を持つ米国民が広がってきているように思われます。

6.トランプ政権の差別主義が引き起こす国内の分断化と相互不信
トランプ政権は20171月の発足以来、国内の安全を理由に排外的・差別的な人種による移民政策を展開してきましたが、それは共和党の保守派グループを中心に強い支持を得てきまし。その一方、野党の民主党やその支持者は差別的な移民政策に強く反発してきました。そうした矢先、民主党のオバマ前大統領、バイデン前副大統領、ヒラリー・クリントン前国務長官、ブッカー・ニュージャージー州選出上院議員、ハリス・カリフォルニア州選出上院議員、民主党支持の世界的投資家であるジョージ・ソロス氏、映画俳優のロバート・デ・ニーロ氏など14個の小包爆弾を送ったトランプ大統領の狂信的支持者であるシーザー・セヨク容疑者が1026日にフロリダ州で逮捕されました。また、27日にはペンシルべーニア州ピッツバーグでユダヤ教の礼拝所で銃乱射事件が起こり、11人が亡くなるという事件が起こり、1027日にロバート・バウアーズ容疑者が逮捕されました。いずれもの事件も、白人優越主義のグループに属するものですが、後者は反ユダヤ主義者で、トランプ大統領の政策がイスラエル寄りであることや娘婿のクシュナー氏がユダヤ教徒であることなどへの反発があったものと見られています。

米国の過去の大統領の中で、トランプ大統領ほど過激な差別主義政策を取っている大統領は存在せず、彼の度重なる集会発言やツィターを通じて、米国民の間の分断が広がり、相互不信が強まっています。116日に予定される中間選挙では、米国の下院で、特にトランプ大統領の与党である共和党が引き続き過半数を維持できるのかが焦点となっています。
             (2018111日:  村方 清)

Monday, October 1, 2018

トランプ大統領の米国第一主義と経済への影響

 
 
 
 
 
 
 

 

 
 
 
19月の株式市場
9月の株式市場は引き続き、トランプ政権が取る対中国貿易強硬策の動きによって、市場が大きく変動することになりました。また、86日から取られたとられたトランプ大統領によるイランへの経済制裁の結果、原油価格も次第に上昇圧力を強め、経済への悪影響が出始めています。主要な動きは以下の通りでした。

94日:トランプ政権の通称政策の先行き警戒感から、海外売上高の比率が高い銘柄が売られ、加えてアルゼンチンやトルコの通貨が大きく売られ、ダウ平均価格は12ドル安(0.05%減少)。
95日:米国とカナダの貿易交渉が再開され、協議の行方を見極めたい投資家が多く、23ドル高(0.09%増加)。
96日:ボーイングや防衛関連の銘柄が上昇し、21ドル高(0.08%増加)。
97日:8月雇用統計で雇用者増加数が201,000人増で市場予想の200,000人増を上回り(失業率は3.9%で変わらず)、67月分が下方修正されたものの、賃金上昇率が2.9%となったことで、利上げの可能性が高まったことで、79ドル安(0.31%減少)。
910日:米中貿易摩擦をめぐる不透明感から、中国と関係の深いアップルやボーイングが売りを主導して、59ドル安(0.23%減少)。
911日:主力製品の発表を控えたアップルや出荷台数が大幅に伸びたボーイングが買われ、114ドル高(0.44%増加)。
912日:米中が貿易問題を協議する可能性があるとの報道から、28ドル高(0.11%増加)。
913日:トルコ中銀の大幅利上げで新興国の経済をめぐる懸念が後退した他、米中貿易協議への期待から、147ドル高(0.57%増加)。
914日:米長期金利や原油先物相場が上昇、金融や石油株が買われ、9ドル高(0.03%増加)。
917日:トランプ政権が中国への2000億ドルへの商品に対する追加関税を課すとの報道から、93ドル安(0.35%減少)。
918日:トランプ政権の対中追加関の発動を発表したが、中国を含む海外相場が堅調だったため、185ドる高(0.71%増加)。
919日:米中貿易摩擦問題への過度の警戒感が後退し、キャタピラーなど資本財関連株が買われ、また米長期金利の上昇を受けて、金融株も買われ、159ドル高(0.61%増加)。
920日:米中貿易問題への警戒感が後退し、投資家心理が改善し、251ドル高(0.95%増加)。
921日:米中貿易問題への過度な警戒感が後退し、86ドル高(0.32%増加)。
9月24日:トランプ政権が中国からの輸入品約2000億ドルに10%追加関税を課したで、米中貿易摩擦問題の長期化への懸念から。181ドル安(0.65%減少)。
925日:貿易摩擦問題への懸念とFOMC会合の結果発表を控え、利益確定売りが先行し、70ドル安(0.26%減少)。
926日:FOMC3回目の利上げを決定、長短金利差が縮まり、利さやが縮小するとの観測から、金融株が売られ、107ドル安(0.26%減少)。
927日:アップルやアアマゾンなど主力ハイテク株が買われ、相場上昇を後押ししたが、たが、貿易摩擦問題への懸念も根強く、55ドル高(0.21%増加)。
928日:インテルやボーイングなどが業績見通しを引き上げたことで買われたものの、貿易摩擦の長期化やイタリア財政の不透明感から、上値は重く、18ドル高(0.07%増加)。

2.米国の雇用状況
米労働省が97日に発表した8月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比201,000人の増加で、市場予想の200,000人増を上回りました。6月の雇用者数の確定値は208,000人で40,000人の減少、7月の改定値は147,000人で10,000人の減少となりました。今回の結果を踏まえた過去3カ月間の雇用者平均増加数は185,333人で、好調の目安とされる平均増加数の200,000人を下回りました。なお、8月の失業率は3.9 %で、前月と同じ水準でした。労働参加率は62.7%で、前月より0.2%下回りました。8月の時間当たり賃金上昇率は前月比10セント増加で、前年同月比では2.9%増となりました。部門別ではヘルスケアが33,000人の増加、建設業が23,000人の増加、運輸・倉庫業が20,000人の増加となりました。

3.FOMC会合と金利引き上げ
FOMC会合が92526日に開催され、会合後の声明要旨で以下のようなことが伝えられました。前回8月のFOMC会合後に得た情報によれば、労働市場は引き続き力強さを増し、経済活動は力強い水準で高まった。雇用増はここ数か月間平均すると力強く、失業率は低位を維持している。家計支出と企業の設備投資は力強く拡大した。全般的なインフレ率及びエネルギーと食品を除くインフレ率はいずれも、前年同期比ベースで2%付近で推移している。長期のインフレ予想を示す指標は総じあまり変わっていない。

法律で定められた使命を達成するため、FOMCは雇用の最大化とインフレ率の安定に努める。FOMCはフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標レンジをさらに段階的に引き上げることは持続的な経済成長、力強い労働市場の情勢、中期的に目標の2%前後付近のインフレ率と整合すると予測している。景気見通しのリスクはほぼ均衡してきているようだ。

FOMCでは労働市場の情勢とインフレ率の実績と見通しを踏まえ、フェデラルファンド(FF)金利の誘導目標レンジを2.02.25%に引き上げることを決定した。
FF金利の誘導目標を調整する今後の時期と規模を判断するにあたって、FOMCは雇用の最大化とインフレ上昇率2%という目標との比較で経済情勢との実績と見通しを評価していく。労働市場状況に関する指標、インフレ圧力、インフレ予想の指標、金融動向や国際情勢を含めた幅広い情報を考慮して判断していく。

今回の決定はパウエル議長やダドリー副議長を含む8人のメンバーの賛成による。

連銀は26日のFOMC会合で3カ月ぶりの利上げを決定、更に年内1回の追加利上げのシナリオを示し、19年も3回が中心シナリオとなりました。今後も181012月のインフレ率が2.1%と目標を上回って推移すると予測していることがあります。また、失業率が18年振りの低水準となり、経済成長率も3.1%と高い伸びが続くと見ています。しかしながら、FOMCの利上げ見通しの中央値ではみると、20年はわずか1回に留まり、今回初めて公表した21年分はゼロでした。この点、政策金利は3.25%-3.5%が天井になる可能性があります。
なお、今回のFOMCの結果発表後に、米債券市場で長短金利の差が縮まり、利さやが縮小するとの観測から、金融株が売られ、107ドル安となりました。

4.疑惑追及に追われるトラんプ大統領
トランプ大統領のグル=プが2016年の大統領選挙期間中、ロシアとの共謀があるのではないかと疑惑を調査中のモラー特別検察官チームは914日に。トランプ大統領の元選挙対策本部長であったマナフォート氏がウクライナで新ロシア政権にために働き、3000万ドルのマネーロンダリングをした他、1500万ドルの脱税をしたことを認めると同時に、2016年の大統領選挙でのロシア介入疑惑の捜査に全面的に協力することになったことを明らかにしました。

マニュフォート氏はロシアの有力オリガークの一人で、プーチン大統領に近く、米国の経済制裁の対象となっているDepripaskaとの関係が深く、2016年の大統領選挙では無報酬でトランプ大候補の選挙体側本部長となって、情報提供を行っていたことで知られています。さらに、別のロシアの有力オリガークであるAgalarovの意向で、民主党のクリントン候補にダメージを与える情報提供でロシア政府の弁護士とロランプ候補の長男や娘婿との201669日のトランプタワーでの会談にマニュフォート氏が同席したことも明らかになっています。

5.トランプ大統領、国連演説でグローバリズムを否定
トランプ大統領は925日にニューヨークの国連総会で演説、自分の政権の実績を自慢すると同時に、米国は独自の道を突き進む権利があるとグローバリズムの考え方を否定しました。トランプ大統領は昨年の国連総会でも、国連や多国間主義を攻撃しましたが、今年は国際刑事裁判所を非難することで、グローバリズムを全面的に糾弾しました。これに対して、マクロン仏大統領は国家主権を武器として使ってはならず、地球温暖化などを念頭に、強力な多国間主義なくして、21世紀に勝つことはできないと強調しました。また、グテーレス国連事務総長も、トランプ大統領を名指ししなかったものの、1930年代の教訓を無視して、再び大衆主義と孤立主義の道を突き進み、世界的な紛争に転落していく危険について、警告しました。

いずれにしても、トランプ政権によって進められている米国第一主義は米国内だけでなく、国際関係においても、米国の敵国であるロシアや北朝鮮への批判を避け、同盟国である欧州やカナダとの関係を難しくさせるだけに、地政学リスクの高まりになっていく恐れがあると言えます。929日付のLA Times紙は、America firstisolates it at U.N.”との記事で、トランプ大統領は他の国に勝利することもできず、多くの国々を米国無しで考えるように構えさせていくとの批判をしています。

6. トランプ大統領の米国第一主義と経済への影響
トランプ政権は924日に、約2000億ドル相当の中国製品に対する10%の追加関税を発動しました。これにより、既に米国は中国に対し、3月の鉄鋼、アルミ製品に対する関税に加えて、7月に340億ドルの製品と8月に160億ドルの製品に対して25%の追加関税を発動していましたが、今回の措置で約3000憶ドルの中国製品に対して、関税を及ぶことになります。これに対し、、中国政府は対抗措置として、約600億ドルの米国製品に対して10%の関税を課す対抗措置を取ることを発表しています。

トランプ政権が米国が抱える巨額な貿易赤字を大きな経済課題としたのは理解できますが、その改善策が広範囲な輸入製品に対する関税措置というのは間違っていると思います。それは、米国企業を含め、世界的なサプライチェーンを使って生産体制を構築している時に、主要なサプライチェーン先である中国からの製品に追加関税措置を取れば、企業の生産体制の見直しとなり、全体的な供給体制に大きな悪影響が出てくることです。更に、トランプ政権が10%の追加関税を課した中国製品は米国の消費者の需要が高いもので、価格上昇は米国の消費者にも悪影響を与えるものです。

更に、トランプ大統領が86日に取ったイラン経済制裁の影響も、原油価格の上昇となって現れています。ロンドン市場で北海ブレント原油先物が924日に1バレル80ドルを超えましたが、これは2015年以来初めてとなります。ニューヨーク市場でも927日にWTI の原油先物は72.32ドルを記録しました。115日に予定されるイランの石油輸出遮断を含めた第2次制裁が発動されれば、イランからの原油生産量は1100バレル減少することになり、北海ブレント原油先物は確実に90ドル以上となり、最悪の場合、100ドルを超えてしまうのではないかとの見方も出ています。

中間選挙を控え、イスラエル寄りのキリスト教福音派の支持を得るべく、対イラン強硬策に走るトランプ大統領には米国全体の利益が何であるのかが見えていないところがあり、経済面の悪化を含め、今後予想される市場リスクに十分な注意を払っていくが必要になっています。
                                           (2018101日:村方 清)