1.10月の株式市場
0月の株式市場は10月2日にダウが史上最高の26,951ドルを達した後、トランプ政権の財政政策による長期金利上昇や貿易摩擦問題による企業業績悪化などから、下落傾向が続き9(10月10日には832ドルの下落)、10月末ではピークから約5%の低下となりました(2016年1月以来の大きな下落)。主要な動きは以下の通りでした。
10月1日:北米自由貿易協定(NAFTA)の見直し交渉で米国とカナダが合意、投資家心理が改善、貿易交渉の影響を受けやすい株式銘柄に買いが優勢で、ダウ価格は193ドル高(0.73%増加)。
10月2日:NAFTA見直し交渉の合意を受けて、海外事業の比率が高いキャタピラーやボーイングなどが買われ、123ドル高(0.46%増加)。10月3日:ADP全米雇用レポートで非農業部門の雇用者数が前月比23万人増と市場予想を上回ったことや
イタリア政府の財政懸念の後退もあり、54ドル高(0.20%増加)。
10月4日:前日に米長期金利が7年振りの水準に達して、米金利の急上昇に対する警戒感が高まったことで、201ドル安(0.75%減少)。
10月5日:9月雇用統計で雇用者増加数が134,000人増で市場予想の185,000人増を下回ったものの(失業率は3.7%まで低下)、賃金上昇率が2.8%などで、長期金利上昇への警戒感が高まり、180ドル安(0.68%減少)。
10月8日:金利上昇を警戒したハイテク株の売りが続いたが、午後に持ち直し、40ドル高(0.15%増加)。
10月9日:米中の貿易摩擦や中国経済の減速への警戒感から、キャタピラーなど中国売り上げ比率が高い銘柄を中心に売りが優勢で、56ドル安(0.21%減少)。
10月10日:米長期金利の上昇を受けて、割高なハイテク株が大きく売られ、加えて米中貿易摩擦の長期化が意識され、投資家のリスク回避の姿勢が強まり、832ドル安(3.15%減少)。
10月11日:米中貿易摩擦の悪影響への投資家の警戒感に加え、原油先物相場の下落に伴う石油株の売りも重なり、546ドル安(2.13%減少)。
10月12日:アップルやアマゾン等のハイテク株心に買いが広がり、287ドル高(1.15%増加)。
10月15日:アップルなどの多くのハイテク株が下落、89ドル安(0.35%減少)。
10月16日:米長期金利の上昇が一服したことやゴールドマン・サックス、ユナイテッドヘルスの四半期決算が好調であったことで、548ドル高(2.17%増加)。
10月17日:前日に急騰した反動の売りと利上げ観測で、92ドル安(0.36%減少)。
10月18日:中国景気の減速に加え、米長期金利の先高観を反映したハイテク株の売りも続いてことから、327ドル安(1.27%減少)。
10月19日:前日に大きく下落した反動で、自律的な反発を見込んだ買いが優勢で、65ドル高(0.26%増加)。
10月22日:イタリアの財政懸念から銀行家が売られ、原油先物相場の下落から石油株も売られ、127ドル安(0.50%減少)。
10月23日:中国関連株のキャタピラーや3Mなどの四半期業績が不振で、一時548ドルの下落をしたが、取引終盤に下げ幅が縮小し、126ドル安(0.50%減少)。
10月24日:10月のユーロのPMIの総合指数が52.7に低下、米中貿易摩擦の長期化による世界経済の不透明感を強く意識され、608ドル安(2.41%減少)。
10月25日:四半期決算が好調であったマイクロソフトとクレジットカードのビザが大幅に上昇し、投資家心理が改善、401ドル高(1.63%増加)。
10月26日:四半期決算が不調であったアマゾンやグーグルが大幅に下落、アップルやフェースブックにも売りが広がり、296ドル安(1.19%減少)。
10月29日:11月の米中首脳会談が不調の場合、トランプ政権が中国からの全輸入品に追加関税を発動との方針が伝えられ、貿易摩擦の影響を受け安い銘柄が売られ、245ドル安(0.99%減少)。
10月30日:トランプ大統領が中国との貿易摩擦問題で折り合うとの姿勢を示したと伝えられたことや四半期業績が好調であったコカ・コーラなどの銘柄が上昇し、432ドル高(1.77%増加)。
10月31日:四半期業績が好調であったフェイスブックが大幅に上昇、これに伴い主力ハイテク株に買いが優勢となったこと、長期金利の上昇で金融株も買われ、241ドル高(0.97%増加)。
2.米国の雇用状況
米労働省が10月6日に発表した9月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比134,000人の増加で、市場予想の185,000人増を下回りました。7月の雇用者数の確定値は165,000人で18,000人の増加、8月の改定値は270,000人で69,000人の増加となりました。今回の結果を踏まえた過去3カ月間の雇用者平均増加数は約190,000人で、好調の目安とされる平均増加数の200,000人を下回りました。なお、9月の失業率は3.7 %で、1969年12月以来の低い水準となりました。労働参加率は62.7%で、前月と同水準でした。9月の時間当たり賃金上昇率は前月比8セント増加で、前年同月比では2.8%増となりました。部門別ではヘルスケアが26,000人の増加、建設業が23,000人の増加、製造業が18,000人の増加となりました。
3.トランプ政権による財政赤字の拡大
連邦議会予算局が発表した2018年度(2017年10月から2018年9月まで)の財政赤字は約7820億ドルで、前年度の約6660億ドルを1160億ドル上回る過去6年間で最悪となる見通しとなりました。この数字は米国GDPの3.9%となり、前年度の3.5%から拡大しました。現在、米国の累積財政赤字額は21.5兆ドルに達しており、2018年度の場合、5230億ドルが金利支払いに充当されたといわれています。いずれにしても、昨年12月にトランプ大統領と共和党が成立させた1兆5000億ドルの大幅減税は、その後のインフラ投資を重点とする約600億ドルの追加財政支出と共に、短期的に経済を活発化させるものの、中長期的に米国の財政赤字が長期金利の上昇となって、米国経済を停滞させていくことになりかねません。
これに関連して、共和党のマッコウネル上院院内総務は今後予想される財政赤字の拡大に対しては、ソーシャルセキュリティーやメディケアのなどの社会保障制度予算の大幅見直しが必要になるとの見方を示しました。2018年度の財政赤字拡大はトランプ大統領と共和党が成立させた大企業や富裕層への大幅減税が大きな原因であったにもかかわらず、そのことに言及することなく、既に医療保険の高騰や既往症の保険適用などで一般の米国民に大きな悪影響を与えている社会制度について、大きな見直しを主張する共和党の姿勢には米国民の間に強い反発を起こしています。
4.トランプ政権の政策矛盾と市場の不安定化
10月10日にダウが832ドル下落した後、トランプ大統領はFRBが金利引き上げを急ぎすぎることが原因で、FRBはアウトオブコントロールになっていると強く非難しました。政治からの独立性が保たれているはずのFRBに対して、現職の大統領が批判するのは異例となっています。株価上昇を前提に支持を維持・拡大しようとしてきたトランプ大統領は11月6日の中間選挙を意識しすぎる余り、米国経済の状況を正確に理解していないように思えます。
米国経済は完全雇用に近い状態にあり、追加の財政政策が必要とされていなかった状況にもかかわらず、前述のようにトランプ大統領は昨年12月に連邦議会与党の共和党と組んで、10年間で1兆5000億ドルの大幅減税を成立させました。また、2018年に入り、更に景気刺激を図るために、軍事とインフラ投資の拡大を重点とする約600億ドルの追加歳出法案も成立させました。グリーンスパン元連銀議長はこうしたトランプ政権の政策を景気の過熱を煽るだけで全く不必要と批判しましたが、選挙を強く意識するトランプ大統領はこうした批判に全く聞こうとはしませんでした。そして、こうした景気の過熱状態を反映したのが長期金利で、10年物米国債の金利は昨年12月の2.4%から今年10月初めの3.1%まで上昇するようになっています。一方、短期金利の決定に責任を持つFRBは賃金上昇率やインフレ率の動きを見ながら、FF金利の水準を決めています。今年2回、FF金利の引き上げを決定したFRBのFOMCはそうした実体経済の指標の動きを見て判断したものです。更に、トランプ大統領の追加の財政政策は2018年度の財政赤字を過去6年間で最大の規模としていますので、この点からも10年物国債の金利が上昇するのは当然のこととなります。
CNBCのアナリストであるSteve Liesman氏が10月11日にテレビ番組で、アウトオブコントロールになっているのはFRBではなく、トランプ大統領自身でないかとコメントしていました。また、同じ日に、債券投資専門家であるJeffery Gundlach氏はトランプ政権による自らの政策が長期金利の上昇を招いているにもかかわらず、FRBを非難していることをキツネのように常軌を逸していると批判しました。こうした専門家の見方が正しいように思えます。
また、トランプ政権の米国第一主義に基づく貿易政策についても、米国企業がグローバルな生産コストを比較しながら、長期間かけて築き上げてきたグローバルなサプライチェーンを全く無視して、相手国が米国に対して過剰な輸出超過を抱えるのは許せないというのは経済合理性を欠いた政治的なスローガンとしか言いようがありません。
いずれにしても、米国の株価が高水準にある時に更なる株価の上昇を自己の政権維持に必要と考えるトランプ大統領を選んだことは、米国経済の健全な発展にとって不必要な財政政策や貿易政策を主張・実行しているだけで、米国の株式市場を究極的に大きく下落させていくように思われます。
5.国益より私益優先のトランプ大統領
サウジアラビア出身で、ムハンド皇太子によるサウジアラビア政権の運営を繰り返し批判してきたカショギ記者がトルコのイスタンブールにあるサウジアラビアの領事館で殺害された事件をめぐり、サウジアラビア政府に対するトランプ政権の対応の鈍さが問題になっています。本来、米国は言論の自由を最も重視する民主国家のリーダーであったはずですが、トランプ大統領はサウジアラビアが巨額の武器輸出先で米国内の雇用増加に与える影響が大きいことなどを理由に最初から慎重姿勢を変えず、サウジアラビアに対する厳しい制裁措置を取っていません。しかしながら、トランプ大統領にとっては、不動産ビジネスで富を築き上げる上で、サウジアラビアの王室や富豪が重要な顧客であったことや現在もトランプ不動産グループにとって深いつながりがあることの方が重要な要因になっているように見られます。
2016年の大統領選挙に関連して、共和党の泡沫候補と言われたトランプ氏をロシアのプーチン大統領が支援した背景には、クリミア併合によって米国がロシアに対して課した経済制裁の解除を実行できる候補として、不動産ビジネスでロシアのオリガーク達と深い関係のあることが大きな理由となったと見られています。
世界経済に最も影響が大きい米国の大統領が国益より私益を優先させれば、米国の同盟関係を歪めるだけでなく、敵対国の利益が助長される結果になりかねません。いずれにしても、現在は、こうしたトランプ大統領の政策運営に疑問を持つ米国民が広がってきているように思われます。
6.トランプ政権の差別主義が引き起こす国内の分断化と相互不信
トランプ政権は2017年1月の発足以来、国内の安全を理由に排外的・差別的な人種による移民政策を展開してきましたが、それは共和党の保守派グループを中心に強い支持を得てきまし。その一方、野党の民主党やその支持者は差別的な移民政策に強く反発してきました。そうした矢先、民主党のオバマ前大統領、バイデン前副大統領、ヒラリー・クリントン前国務長官、ブッカー・ニュージャージー州選出上院議員、ハリス・カリフォルニア州選出上院議員、民主党支持の世界的投資家であるジョージ・ソロス氏、映画俳優のロバート・デ・ニーロ氏など14個の小包爆弾を送ったトランプ大統領の狂信的支持者であるシーザー・セヨク容疑者が10月26日にフロリダ州で逮捕されました。また、27日にはペンシルべーニア州ピッツバーグでユダヤ教の礼拝所で銃乱射事件が起こり、11人が亡くなるという事件が起こり、10月27日にロバート・バウアーズ容疑者が逮捕されました。いずれもの事件も、白人優越主義のグループに属するものですが、後者は反ユダヤ主義者で、トランプ大統領の政策がイスラエル寄りであることや娘婿のクシュナー氏がユダヤ教徒であることなどへの反発があったものと見られています。
米国の過去の大統領の中で、トランプ大統領ほど過激な差別主義政策を取っている大統領は存在せず、彼の度重なる集会発言やツィターを通じて、米国民の間の分断が広がり、相互不信が強まっています。11月6日に予定される中間選挙では、米国の下院で、特にトランプ大統領の与党である共和党が引き続き過半数を維持できるのかが焦点となっています。
(2018年11月1日: 村方 清)
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