1.8月の株式市場
8月の株式市場はトランプ政権が取る米国第一主義の貿易政策で、中国などとの摩擦問題の動きによって大きく影響されたものの、米国経済が比較的に好調で、月間の株価は2.5%近い上昇となりました。主要な動きは以下の通りでした。
8月1日:トランプ政権が中国からの2000億ドル相当の輸入品に関税を10%から25%へ引き上げるとの報道が伝えられ、中国関連株に売りが広がり、ダウ平均価格は81ドル安(0.32%減少)。金利引き上げ継続方針を確認したFOMCの声明文への反応は限定的。
8月2日:午前中は米中貿易問題への警戒感から幅広い銘柄が売られたが、その後アップル株の上昇が続き投資家心理が改善、ハイテク株を中心に買いが優勢で、終値は8ドル安(0.03%減少)。8月3日:7月雇用統計で雇用者増加数が157,000人増で市場予想の190,000人増を下回ったものの(失業率は3.9%に低下)、5-6月分が上方修正されたことで好感され、業績好調のIBMやハインツも大幅に上昇し、136ドル高(0.54%増加)。
8月6日:米中貿易摩擦の警戒は続いているものの、バフェット氏の投資会社バークシャー・ハザウエィや食肉のタイソンフーズなどの四半期業績が好調で、40ドル高(0.16%増加)。
8月7日:貿易摩擦に関する悪材料がなかったことや米企業業績の良好さに支えられ、127ドル高(0.50%増加)。
8月8日:トランプ政権が7日に発表した中国への追加関税と中国から報復関税で米中間の貿易摩擦問題の警戒感が増したことや原油安などで、45ドル安(0.18%減少)。
8月9日:原油先物相場下落と長期金利低下で石油と金融株が売られ、75ドル安(0.18%減少)。
8月10日:米国との関係悪化を背景にトルコリラが急落し、地政学リスクの高まりから、欧州市場でトルコへの融資が大きい銀行株が下落、米銀行株にも波及し、196ドル安(0.77%減少)。
8月13日:トルコ情勢への懸念による世界経済の減速や金融市場への混乱から、エネルギーや金融など景気に影響の深い株を中心に売りが広がり、125ドル安(0.50%減少)。
8月14日:トルコのリラの下げが一巡し、投資家のリスク回避姿勢が和らぎ、前日まで続落した反動で112ドル高(0.45%増加)。
8月15日:原油先物相場の下落、トルコ情勢や中国景気の減速などの懸念から、投資家の運用リスクが高まり、138ドル安(0.54%減少)。
8月16日:米中貿易戦争の回避に向けた交渉再開の期待と四半期決算が好調であったウォールマートやシスコシステムが大幅に上昇し、396ドル高(1.58%増加)。
8月17日:米中貿易戦争への懸念が和らぎ、キャタピラーやボーイングなどの中国事業の大きな銘柄が買われ、111ドル高(0.43%増加)。
8月20日:米中貿易摩擦問題が22、23日の事務レベル会議などで和らぐなどの期待や米企業によるM&Aが積極化するとの動きが好感され、89ドル高(0.35%増加)。
8月21日:原油高や米長期金利上昇を受け、石油株や金融株が買われ、64ドル高(0.25%増加)。
8月22日:トランプ政権のロシア疑惑をめぐる不透明感が強まり、89ドル安(0.34%減少)。
8月23日:米中両政府が互いに160億ドルの輸入品に対し25%の追加関税を発動したことに伴い、キャタピラーやボーイング等中国依存度の高い銘柄が売られ、77ドル安(0.30%減少)。
8月27日:NAFTA再交渉で米国とメキシコが大筋に合意したことで、貿易摩擦問題への過度の懸念が薄れ、259ドル高(1.01%増加)。
8月28日:米国とメキシコのNAFTA再交渉の大筋合意が買いがあったものの、カナダとの交渉の行方を見たいとのムードが強く、14ドル高(0.06%増加)。
8月29日:NAFTA再交渉の米国とメキシコの大筋合意を受けて、米国とカナダとの協議への進展ヘの期待と4-6月期GDP改定値が4.2%に上昇したことで、61ドル高(0.23%増加)。
8月30日:トランプ大統領が来週にも約2000億ドルの中国製品に対する追加関税を発動するとの考えが伝えられ、かつ前日までの続伸で利益確定の売りが優勢で、138ドル安(0.53%減少)。
8月31日:31日期限の米国とカナダの貿易交渉が合意に至らず、3連休を前にした利益確定売りが優勢で、22ドル安(0.09%減少)。
2.米国の雇用状況
米労働省が8月3日に発表した7月の雇用統計によれば、非農業部門の雇用者数は前月比157,000人の増加で、市場予想の190,000人増を上回りました。5月の雇用者数の確定値は268,000人で24,000人の増加、6月の改定値は248,000人で35,000人の増加となりました。今回の結果を踏まえた過去3カ月間の雇用者平均増加数は224,000人で、好調の目安とされる平均増加数の200,000人を上回りました。なお、7月の失業率は3.9 %で、前月から0.1%改善しました。労働参加率は62.9%で、前月と同じ水準でした。7月の時間当たり賃金上昇率は前月比7セント増加で、前年同月比では2.7%増となりました。部門別では製造業が37,000人の増加、ヘルスケアが34,000人の増加、建設業が19,000人の増加、小売業が7,000人の増加となりました。3.FOMC会合
FOMC会合が7月31-8月1日に開催され、会合後の声明要旨で以下のようなことが伝えられました。前回6月のFOMC会合後に得た情報によれば、労働市場は引き続き力強さを増し、経済活動は力強い水準に高まった。雇用増はここ数か月間平均すると力強く、失業率は低位を維持している。家計支出と企業の設備投資は力強く拡大した。全般的なインフレ率及びエネルギーと食品を除くインフレ率はいずれも、前年同期比で2%付近で推移している。長期のインフレ予想を示す指標は総じてあまり変わっていない。
法律で定められた使命を達成するため、FOMCは雇用の最大化とインフレ率の安定に努める。FOMCはフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標レンジをさらに段階的に引き上げることは持続的な経済成長、力強い労働市場の情勢、中期的に目標の2%前後付近のインフレ率と整合すると予測している。景気見通しのリスクはほぼ均衡してきているようだ。
FOMCでは労働市場の情勢とインフレ率の実績と見通しを踏まえ、フェデラルファンド(FF)金利の誘導目標レンジを1.75-2.00%に据え置くことを決定した。緩和的な金融政策は維持し、力強い労働市場及びインフレ率の2%への持続的回帰を支える。
FF金利の誘導目標を調整する今後の時期と規模を判断するにあたって、FOMCは雇用の最大化とインフレ上昇率2%という目標との比較で経済情勢との実績と見通しを評価していく。労働市場状況に関する指標、インフレ圧力、インフレ予想の指標、金融動向や国際情勢を含めた幅広い情報を考慮して判断していく。今回の決定はパウエル議長やウイリアムズ副議長を含む8人のメンバーの賛成による。
連銀は今回のFOMCで景気や物価の情勢判断を引き上げ、9月のFOMC会合で追加利上げに踏み切る考えを示唆しました。その一方、トランプ大統領がけん制する利上げやトランプ政権が仕掛ける貿易戦争による景気リスクなどで、先行きの不透明感もあります。こうした状況を受けて、1日のダウ平均価格は81ドル安となりました。
4. トランプ政権が引き起こすトルコ・リラの急落問題次々と内外で問題を作り出すトランプ政権は、今度は独裁色を強めるトルコのエルドアン政権との間で2016年のクーデター未遂事件で関与の疑いがあるとの理由で拘束した米国人牧師ブランソン氏の解放をめぐって大きな対立を引き起こしました。解放の期限とされた8月8日までにトランプ政権の要求に応じなかったことにより、米国政府はエルドアン政権の2閣僚に対する経済制裁とトルコからの鉄鋼とアルミ製品輸入に関税倍増措置を講じました。これにより、トルコのリラは一時20%近く下落、トルコの銀行や企業との関係が深い欧州の銀行の株価も大きな悪影響を受ける事態に発展しました。こうした状況に対してはトルコの中央銀行が利上げ行って対応すべきですが、景気後退を招きかねない金融引き締めに反対するエルドアン大統領の意向もあり、実行で切る状態にはありません。また、外貨不足に対応するにはIMFからの支援といった手段もありますが、IMFの管理下に置かれることを強く嫌うエルドアン大統領の方針もあり、これも実現される可能性は低いものとなっています。その一方、トルコと友好関係にあるカタール政府から150億ドルの直接投資の表明もありました。しかしトルコの対外借り入れ依存度は高く、カタール政府からの資金支援だけでは十分とは言えない状況です。
今回、トランプ政権がトルコのエルドアン政権に牧師の解放を強く迫った背景には、11月の中間選挙を前に、トランプ大統領は自分の選挙基盤と考えるキリスト教福音派に属する牧師の解放を実現させることで、劣勢回復を狙いたいとの意図が見られます。いずれにしても、米国第一主義を掲げながら、実際は自己利益優先主義のトランプ大統領の思惑がここでも、トルコ、欧州、そして米国にとっても不安要因となっているように思われます。
5. トランプ大統領が抱える政治リスクの拡大
8月21日に、トランプ大統領にとって政治的なダメージを与える2つの出来事が起こりました。一つはトランプ大統領の元選挙対責任者であったマナフォート氏がバージニア州アレクサンドリアの連邦地裁で陪審が起訴された18の罪に対して、脱税や外国銀行口座の申告漏れなど8件で有罪の評決を出したことです。マナフォート氏はウクライナの新ロシア政権であったヤニュコービッチ元大統領と関係が深く、トランプ氏の選対責任者になった後、2016年6月12日のトランプタワーでのトランプ氏の長男とロシア政府の弁護士との会談にも同席するなど、トランプ陣営とロシア政府との繋がりを知る人物の一人として、モラー特別検察間も捜査を進めているとされています。
もう一人はトランプ大統領の元個人弁護士であるマイケル・コーエン被告で、トランプ氏が過去に関係のあった元モデルに口止め料を払ったのは政治献金であり、選挙資金法の上限を超えていたことや更にこうした口止め料の支払いが大統領選挙を前にして、トランプ候補の指示であったことを認めたものです。コーエン氏はロシアのオリガーク達からトランプグループに流れた資金の流れにも精通していると言われ、モラー特別検査官が聴取する可能性が高いと見られます。
いずれにしても、トランプ大統領は選挙期間中から多くの問題が指摘されており、今回の2人の元側近の有罪や自供はトランプ大統領の今後の政権運営にとって、大きなダメージとなっていく可能性があります。
6. 米国消費者利益を無視したトランプ政権のメキシコとのNAFTA見直し合意
米国とメキシコ政府は8月27日に北米自由貿易協定(NAFTA)の見直し交渉で、両者の合意た成立したことを発表しました。合意内容によれば、両者の自動車貿易の関税をゼロにする一方、原産地規則を改め、現在は域内で62.5%の部材調達を75%以上とすることとなりました。加えて、40-45%が時給16ドル以上の地域での生産を義務付ける賃金条項も導入しました。これらの内容はトランプ大統領の米国第一主義の方針に沿ったものですが、それは米国内での自動車関連部品の調達や雇用を重視するあまり、米国での製造業の生産性向上をいかに確保していくかの視点が全く落ちていることになります。更に、自動車関連企業の雇用が第一優先され、米国経済にとって最も重要な消費者利益の追求の観点も全く無視されています。米国の自動車メーカーの立場からすれば、消費者に価格競争力のある製品を届けるのが最大の関心事であるはずで、こうした原産地規則や賃金条項があるのであれば、5%の関税を支払っても、従来通りの生産体制を使った方がよいとする企業もあるはずで、中間選挙を意識したトランプ大統領の意向に沿った形式だけの合意になったように思われます。
それと同時に、NAFTAの見直しはカナダを加えたものになることが予想されていましたが、乳製品などで安易な妥協が許されないカナダとの交渉は期限である8月31日までに成立しませんでした。今後は9月末での合意を目指すことになりますが、最悪の場合は従来のNAFTAが消滅し、米国とメキシコとの2国間協定になってしまう恐れも出ています。いずれにしても、米国内の一部の自動車関連産業の短期的な利益に拘り、米国全体の経済目的や国際的協調を無視するトランプ大統領の貿易政策は大きな問題を抱え続けています。
(2018年9月1日: 村方 清)
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